20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:神威岬 作者:じゅんしろう

第8回   8
 また少し風が吹いてきたが、私はかまわず歩きだした。進むほどに風が強まってきたが、いまさら引き返せなかった。ついには風で身体がもまれるほどになりながらも、ようやくちっぽけな灯台のあるところにたどりついた。そのすぐ先が岬の先端だった。私は灯台の後ろに回り、風の弱まるのを待つことにした。
 遊歩道の入り口で風が弱まったのは偶然ではないような気がしている。なにか不思議な力が働いているように思えてならないのである。私はいままで迷信とか神懸りということ対して、無縁な生き方をしてきた。このようなことに、思い巡らすことはかってないことだった。はたして風は止んだ。
 先端に立った。ここからは細長く岩石が続いていて、チャレンカの化身といわれる神威岩が一人ぼっちで立っていた。そのさきにも幾つかの岩礁が続いていて海に没している。見上げると、雲はところどころ厚いが、薄い雲の下の海面はわずかに明るい。それが水平線まで続いている。コバルトブルーの広大な海原だった。
 私はしばらくそのまま立ち尽くしていた。が、あることに気がついた。
 岬の沖合いでは、ときおり風が空の真上から海に向って吹きつけられていた。その風は、海面に当たると這うようにして左右に分かれた。さらに、その海面の右手側は穏やかで波はなく、左側は荒れて波立っていた。不気味な光景だった。チャレンカの想いが風となって空から吹きつけられているのかと思った。伝説にある女の怨念か、とも思えた。また、風が空から舞い降りてきて、海面で左右に別れた。
 私にはそれが、右手側はこの世、左手側は黄泉の国への分かれ目に思えてきた。
 私は寒気を覚えた。が、その光景から目をそらすことは出来なかった。
 そのうちに、風を吹き付けているのはチャレンカではなく、妻の蓉子ではないかと思えてきた。
 ―あなたは、その覚悟もできていないのに、厳しい黄泉の国に来るのはまだ早い、暖かくて穏やかなこの世に留まりなさい と、諭されているようであり、心の中を見透かされているようだった。何故か、私の身体は小さく震えだした。蓉子、とすがるように声を出すと、また空から海面に向い、今度はひゅぅーと鋭い音を立てて風か吹きつけられ左右に別れた。
 その時私は、はっきりと蓉子の意思を感じた。そうすると、すぐ帰れ、とでも言うように風が私に向って強く吹き出した。立っていられぬほどだった。私はそこを離れ夢中で転がるようにして逃げ帰ったが、随分と長い道のりに感じた。
 ようやくの事で駐車場にたどり着いた時、車は私の一台だけだった。あたりの草木は風で絶え間なく揺れていた。不気味な風の音に、独りこの地に取り残されているような思いにとらわれた。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 3843