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作品名:神威岬 作者:じゅんしろう

第4回   4
 ―写真か。そういえば何か写っていたな。 とは思っていたが、ほとんど見てはいなかった訳である。
 私はかなり前の妻とのやり取りを思い出してその写真の前にいってみた。
 夕焼けも鮮やかな、もの哀しく美しい神威岬の写真だった。手前右手にはイースター島のアモイ象に似た奇岩が黒くそびえ立っていて、遠く左手の神威岬と少しは離れて中央に細長い岩が黒く見えている。空は風に流されているのだろう、いく筋もの雲が紅く鮮やかに映えていた。
 以前、妻と積丹半島の神威岬に行ってみようと約束したことがあった。当時は陸の孤島といわれ、断崖絶壁の為、半島を一周することは出来なかった。それが難工事の末、いよいよ開通するという。そうなったら神威岬に行き、さらには半島を一周しょうと計画していたのである。が、開通してもなんとなくもたもたしているうちに、トンネルの崩落事故が起った。バス通学の学生など何人もの方が、巨大な岩石に押し潰されて圧死しまうという痛ましい大惨事だった。
 そのことがあって二人とも神威岬に行こうとは言わなくなってしまったのである。私はしばらくその写真に見入ってしまった。
 「この神威岬の写真、良いでしょう」と言う男の声が後ろからした。振り返ると、渡部医師のにこにことした童顔がそこにあった。
 「ええ、良いですね。この手前の岩は?」
 「ああ、水無しの岩といいます。この写真を撮るのには苦労しました。私の最高傑作です」
 「写真がご趣味なのですか」
 「ええ、そうなのです。唯一の趣味といっていいですね」
 「この夕焼けの景色、何か切ないものを感じますね」
 「この神威岬から少し離れて経っているのは神威岩というのですが、これは義経伝説で、恋に破れたアイヌの酋長の娘チャレンカが悲しみのあまり身を投じて岩に化身したと伝えられています。婦人を乗せた船がここを通過すると、難破させるという呪いの言葉を残していますが、船の難所なのでしょう」
 「ほう、では義経伝説の最北端でしょうか?」
 「と、思いますね。義経はここから海を渡ったといわれています」
 「で、モンゴルに渡ってジンギスカンになった…」
 「そう、ロマンがありますなあ」と言うと、渡部医師は眼鏡の奥の目を細めて、満足気に頷いた。


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