そして神威岬に来た訳も話し、岬で見た不気味な現象のことを話した。 「ああ、あそこは風が強いでしょう。船の難所ですね。ごく稀ですが私も何度か見たことがあります。たしかに不気味で恐ろしげな光景ですね」 「この世と黄泉の国の境目ね」と奥さんは眉を顰めて言った。 「たぶん、その現象は、右手は石狩湾に包み込まれますから波は穏やかになるということでしょう。左手は外洋で遮るものはありませんから、波立つのではないでしょうか、と、科学的には説明できると思いますが、それでも神秘的ですよね。今度また行ってみるか」と、マスターは奥さんに向かって言った。 「うーん、何か恐ろしそうね」と奥さんは眉をひそめた。 夫妻の話を聞きながらも、あの風が舞い降りてきた現象は、今一度生きよという、蓉子から私へのメッセージであると確信していた。 「私は今度また、夕焼けに染まる神威岬を見に来たいと思います」 「わあ、それ素敵、何度見てもいいですね」 「そのときは犬も一緒に連れてきてください」と、マスターは言った。 私はマスターの目を見つめて、「そうします、ありがとう」と答えた。 「私の年と犬の寿命を考えますと、なんとか飼い続けるのではないかと思っています」 「そうそう、大丈夫ですよ。人間はまわりにいる動物を大事にしなければいけません。お互いに生かされていると思います」 「うふ、これ主人の口癖」と奥さんが笑った。 その言葉を潮時に我々は外に出た。外は静かな暗闇が広がっている。 いまの私にとって、その静けさは安らぎを覚えさせるものだった。わずかな時間が経過しただけに過ぎなかったが、自分という人間が明らかに少し変わりはじめたのを感じた。 柵に行くと、二匹の子犬が尻尾を振って近づいてきた。 私は飼うことに決めている子犬を指差し、「大事にします」とあらためて二人に言った。 と、奥さんが、「少し待ってくださいね」と言いながら店に入っていった。少したって上部を折り曲げ、布が敷かれてある段ボールを持ってきた。 それをマスターに渡すと、子犬を抱き上げ、その花に自分の鼻をくっつけて、「大石さんに、だいじにしてもらうのよ、元気でいてね」と言いながら、段ボールの中に子犬を入れた奥さんの目は潤んでいた。
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