と、「どうされました?」と犬の柵があるほうから男の声が掛かった。マスターだった。その横で女性も顔を覗かせていた。 「あ、子犬の件でまた来ました」と私は答え、二人に近づいていった。 三匹の犬に餌を与えているところだった。子犬たちは容器に頭を突っ込み、尻尾を振りながら盛んに食べているところだった。母親の犬は別な容器でゆうゆうと食べていて、ときより子犬の様子を見たりしていた。 私は改めて名前を名乗り、一匹、子犬を貰い受けたいが為に戻ってきたことを伝えた。 マスターはそれにはすぐに答えず、店に入ってください、と言った。 店はすでに閉めていたが、コーヒーを入れてくれることになった。 どうやら、人物の品定めのようである。近頃、無責任な飼い主が多いので心配しているのだろう。 私はカウンターの席に座らされ、二人は中に入った。 やはり夫婦だった。二人で店を切り盛りしているとのことだ。 以前は東京に住んでいたが、北海道を旅行しているときに積丹半島に魅せられ、ここに住み着いてすでに十年が過ぎているという。子供は二人いるのだが、それぞれ独立して札幌で生活している、ということをふくよかな顔立ちの奥さんが楽しそうに話してくれた。 「こちらの生活は快適ですか?」と訊くと、「それはもう、休みの日などは犬を放し飼いにして、皆で遊ぶのですよ」と、奥さんが笑顔で答えた。 「放し飼いですか」 「ええ、ここでは誰も文句は言いませんから」と、マスターはコーヒーを私の前に出しながら言い、さらに、「こんなこと、東京では出来ませんからね」と言った。 「そうですね。私の小さいときなどは、犬を鎖で繋ぐなどということはありませんでしたね。いつの頃からうるさくなったのでしょうね」と言いながら、コーヒーを一口飲んだ。まろやかで、それでいて深い味わいを醸しだしていた。美味かった。 私はおもわず顔を上げ、「美味しいですね」と言うと、「これ私の特性、限定販売です」と言い、破顔した。すかさず奥さんが、「違うんですよ、新しいメニューの試作品です。つまり、実験台」と言って楽しそうに笑った。 どうやら、人物評定は合格らしい。 私はかってケンタローという犬を飼っていたこと、一人娘は嫁いでいて東京で暮らしていること、妻は二年前に亡くなっていることなどを話した。 そのような話をしながら、こんなに他人と話をしたのは久しぶりだと思った。 夫婦も聞き上手だった。
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