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作品名:父の故郷にて 作者:じゅんしろう

第5回   5
 そんなある日、会社の食堂で昼飯を食べているとき、同僚が山形の月山に登ってきた、という話をしていた。
―月山?そうだ、父の故郷の山だ!
そのとき、父が晩酌のおり、家から見える月山のことを話していたことを思い出した。さらに、家の側を流れている川で、フナ釣りや、鰻を仕掛けで取ったこと、近くの寺の庵主さんに可愛がられたことなど、懐かしげに話してくれたものだ。父の実家は、大きな農家だったと聞いたことがある。その故郷をどうして離れ、小樽に来なければならなかったのか。以前、僕の祖父の喜左衛門が亡くなった為、と言ったが、それ以上詳しい話はしなかった。あるとき、父が晩酌のほろ酔いきげんで、故郷の話をしていたとき、妹が、どのようなじいちゃんだったの、と口を挟んだことがあったが、父は黙って妹の頭を撫ぜただけだった。
父は三人兄弟の真ん中で、十代の後半、先に小樽に渡っていた兄を頼って自身も来た。その後を追うように、叔父も小樽に来た。兄を叱責した人だ。父の故郷でいったい何があったというのだろうか。祖父の死によって、父たち兄弟の運命が変わったようだ。僕も父の死によって、今、東京にいる。
僕は、父の故郷に行ってみよう、と決心した。
すぐ母に、山形県を訪ねたい旨の手紙を書いた。遠い親戚にあたる人の住所などを教えてもらう為にだ。
一週間ほどして母から、叔父さんが、山形行きを反対しているから、思い留まってほしいとの、返事が来た。やはり、行ってもらっては困る、相当な出来事があったようだ。しかし、なお更のこと、訪ねてみたい思いが強くなり、母に電話を掛けた。
母は初め渋っていたが、僕の強い思いを感じたのだろう、漸く承諾してくれた。少し経って、母から手紙が来た。それには、山形市に住む、相沢さんという人を訪ねること、父の故郷である三川町の遠い親戚には、挨拶程度にして、泊まるということは無いようにしてくれとのことだった。これは叔父さんの意向が働いているようだ。
僕は十一月の上旬、休日を利用して三泊四日の計画をたて、母に葉書で知らせた。
当日の朝、僕は上野駅から東北本線の特急列車に乗った。駅は連休が絡んでいたので、人でごったがえしていたが、この列車の自由席はおもいのほか、空いていた。列車は、がたん、という音とひと揺れで、動き出した。
窓からは、緑の無い、殺風景な灰色のビル群が通り過ぎていく。この街には、肉親が一人もいないのだ、とあらためて思った。


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