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作品名:父の故郷にて 作者:じゅんしろう

第4回   4
僕は会社の賄い付きの寮に入っていた。寮費を引かれた残りの金の大半を、大学の学費のために貯金し始めていて、その矢先のことだった。
しかし、母からの金の無心はそれで終わらなかった。また、一、二ヶ月もすると、またきた。更に、同じことが繰り返された。結局、翌年の大学受験は断念せざるをえなかった。
その年の暮れに僕は考えて、学費を貯めるため来年から月々の仕送りを止めることにして、母と妹のために、手元にあったありったけの金を送ることにした。その旨の手紙を添えて母に送ると、すまなかった、と母から返事が来た。
数ヶ月が過ぎたころ、会社にその兄から電話があった。金の無心だった。その電話のやり取りから、母も重大な決意をして、少なくとも仕入れの支払いの金は確保しているようだった。その為、遊びの金に不自由しはじめているようだ。もつとも、店の改装資金が足りない為などと、口から出任せを言ったのである。
僕は怒りが爆発した。これまでの仕送りしてきたことを言い、返してくれ、と返済を迫った。それに対する返事は、生意気な奴、だった。僕は、兄が母へ仕返しをすることを恐れ、それ以上何も言わなかった。
それから、一ヶ月ほどたって母から手紙が来た。それによると、親戚に兄の行状が発覚し、強い叱責を受けると、また、家を出てしまったということだ。兄は父方の叔父に、適当な理由をつけて、金を無心しにいったようだ。今は、高校生の妹が学校から帰ってくると店を手伝い、親子二人でなんとかやっていけるとのことだ。だから、お前も家のことは気にせず、大学受験を頑張っておくれ、と書かれてあった。僕は正直、ほっとした。
そうして、僕は翌年、私立の夜間大学に入った。
仕事と学業の両立させることは大変だったが、仲間もでき、彼女らしき人もできて、充実した日々を送った。
だが、夏が過ぎ、秋に入ったあたりから、何か釈然としないものを、抱き始めていた。
―何故、僕は今、この東京にいるのだろう。この先どうしたいのだろう。また、あらためていずれ実家の店を継ごうというのだろうか。本当はどうしたいのだろうか。
父の死によって、東京に出て、働きながら学ぼうという、明確な目標があったにもかかわらずだ。その思いは、日々強くなってきた。あの、品物が散乱して、店を継ごうと決心してから、漠然とした言いしれぬ不安というものを再び感じることはない。しかし、何かが心の奥底に、澱のように溜まってきた。
父の死が、大きな原因であることは間違いがない。僕自身の心に、何か決着をつけなければならないものがあるような気がした。


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