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作品名:父の故郷にて 作者:じゅんしろう

第15回   15
山頂には、出羽三山神社の合祭殿がある。そこで、僕たちは拝礼をした。他にもいくつかの神社があった。晩秋の山頂である、ゆっくり廻っていたら汗が引いて涼しくなってきた。僕たちは、逆の景色を楽しみながら山を下りた。
昼食のため、最上川沿いの清川という地区にある蕎麦屋に入った。清川は、後に近藤勇や土方歳三で有名な新撰組が結成される元をつくった、清河八郎の出身地ということだ。地域の歴史について、よく勉強しているようだ。麗子さんがこれから酒田市を案内するといったので、僕は遅くなりそうなことに不安になり、今夜は鶴岡市で宿を取るつもりだと言うと、大きく被りを振り、今夜も家に泊まっていって、と言った。そして、家の全員もそのつもりだと、駄目を押してきた。僕が麗子さんをあらためて見ると、にっこりと笑った。僕はその愛嬌のある笑顔に頭を下げた。
最上川は松尾芭蕉の、五月雨を集めて速し最上川、で有名である。風情のある川で、春夏秋冬の季節ごとに川下りをしてみたいものだと思った。
酒田市に入った。酒田市は江戸時代、米相場で巨利を得た豪商の本間氏が、土地を買い漁って、日本一の大地主になったということだ。本間様には及びはせぬが、せめてなりたや殿様にと、歌にまで詠まれ、その栄華を誇った旧本邸を見学しながら、祖父の米相場に失敗したことに思いを馳せた。祖父も本間家に触発されて、一攫千金を夢見たのであろうか。その結果廻り廻って、いま僕がここに立っている。麗子さんと時江さんは、展示されている、見事な調度品を見て、感嘆の声を上げていた。そんな二人を僕は複雑な思いで見ていた。鶴岡市の善宝寺に着いたときは、すっかり暗くなっていた。善宝寺は海の守護神で竜神を祭っていて、千二百年の歴史があるとのことだ。その山門には毘沙門天と韋駄天が設置されていて、麗子さんは懐中電灯を点けて説明してくれた。僕はそのことよりも、昨日、今日出会った三人が、ここにこうしていることの不思議さを思った。
與七さん宅に戻ると、すでに風呂が焚かれていて勧められた。あがると、また與七さんと二人だけの宴が始まった。若輩者の僕にたいして、あくまでも家の賓客としての、接しかたを続けようということのようだ。ただ、給仕は麗子さんがもっぱらで、そのおりおりに、今日のことを與七さんに話して聞かせていた。與七さんは、可愛くて仕方がないのだろう、孫娘の話に目を細めて逐一頷いていた。僕も麗子さんがいると話しやすかったので、昨晩より座が明るかった。最後に、今夜は汁粉がだされた。例によって與七さんは、当然のように食べ始めたので、僕も食べたが、やはり、甘さが控えめで美味しく、全部平らげた。
就寝の時にまた、寝床の中で考えた。結果的に母の言いつけを守らなかったが、與七さんの家に二晩泊めてもらってよかった、と思った。與七さんの所というよりも、土橋に泊まったという感覚があった。麗子さんにあちらこちら父の故郷を見せてもらって、頭であれこれ考えるよりも、身体で何かを受け止めることができたような気がした。麗子さんは、やり取りで分かったことだが、自分の生まれ育ったところを受け入れ、愛していこうという、明確なものを持っているようだ。僕も何らかの答えをだし、吹っ切らないといけないな、と考えているうちに眠ってしまった。


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