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作品名:父の故郷にて 作者:じゅんしろう

第12回   12
與七さん宅に戻ると、すでに八代目與七さんは農作業から帰られていた。長年、土と格闘されてきたためか、体格の良い人だった。朴訥な挨拶のなかに優しさが滲み出てくるような方であり、まだまだ現役で、達者なようだ。そうしているうちに、鶴岡市のデパートに勤めている、肌は浅黒いが目元が涼やかで、口元が愛嬌のある長女の麗子さんや高校生の次女が帰宅してきて、家は賑やかになった。さらに、僕のために風呂を焚いてくれていたので、風呂をいただいた。風呂から上がり居間に戻ると、すでに大黒柱の作蔵さんと奥さんも野良仕事から戻られていた。作蔵さんは、色黒でいかにもという様ながっちりとした体格をしていた。奥さんはきれいな顔立ちをしている。麗子さんは目元が母親似で、口元が父親似のようだ。奥さんは、僕の母と同じ孝子という名前だった。母が與七さんへ手紙を出したとき、同姓同名だったため、わしの家に手紙ば出してどうするんだ、と大笑いになったと作蔵さんが言った。そのような些細なことだが、僕の来訪にたいして、好感を抱いてくれているようだった。
だが夕食は、この家の家風なのだろうか與七さんと僕の膳が向き合う、二人だけの宴だった。他の人たちは、食堂での夕餉のようだ。七十歳を過ぎている老齢の方と、二十歳の若者では話が弾むわけもない。僕は生前の父の様子を話したが、與七さんは、本来寡黙な方のようで、ときおり、僕の話に頷くだけで、どか、どか、と食事を勧めるだけだった。酒がだされたが、時間が経っても打ち解けあうということはない。ただ、夫人や麗子さんが新たに料理を運んでくる際に、二言、三言、言葉を交わしたとき、座が少し賑わう程度だった。そのとき、夫人は以前、家から外に出たとき、出会いがしらに隣の車にぶつかり、腰を痛めたということを言い、祖父の代の家だったら、こんなことが起きなかったのに、と愚痴を言った。祖父の代の時の敷地は、四分割にされたことを知った。與七さんは、その時何も言わなかったが、下に目線を落とし、祖父の話題は避けていることが分かった。僕もあえて、祖父のことは訊かなかった。料理は、北海道の我が家の一、二品が、どかんと出てくるのと違い、量は少ないが品数が多かった。この家で成ったのであろう、野菜類が多かったが、どれもみずみずしく美味かった。そして、宴の最後に大きな牡丹餅がでた。内心、酒の後に牡丹餅かと思ったが、與七さんは、それを何のためらいもなく、むしゃむしゃと食べだした。僕も客として食べないわけにはいかないので食べたが、これが、甘さを控えめにしていて食べやすく、出された二個とも平らげた。


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