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作品名:父の故郷にて 作者:じゅんしろう

第1回   1
バスから降り、小さな川の土手に立った。土手の下を沿うように、一筋の小道が続いている。その先にこんもりと茂った小さな森があった。木々の間から家々が点在しているのが見えた。
 ついに来た、と思った。
 ここは山形県東田川郡三川町大字横山で、あの森は字土橋だ。
 三年前の年の暮れに、食道癌で亡くなった父の生まれ故郷なのだ。
父の死は、僕の人生を変えた。いや、当時高校三年生の僕にとって、分岐点に過ぎないかもしれない。
父は小さな食料品店を経営していた。といっても、従業員は家族だけという、典型的な家族経営だ。だが、僕が高校に入学したあたりから、父の具合が悪くなった。初めのころは胃薬を飲んで誤魔化していたが、時々、店を休むようになったので、僕は授業を終えると店を手伝うようになった。最初は、たまに店を休む程度だったが、だんだん、その間隔が短くなり、床に就く時間が長くなった。身体も痩せ細ってきた。僕が三年生の夏の初めに、病院嫌いの父も母の強い説得に、ついに観念したのか診療を受けた。そして、そのまま入院ということになった。すでに、手の施しようも無い、余命数ヶ月の末期癌だった。母は父に、病名は胃潰瘍ということにして誤魔化していたが、或る日、僕は母から病名が癌であることを打ち明けられた。僕は一瞬、血がひいたが、まさか、と思った。父がもうすぐ亡くなるかもしれないということは、信じられなかった。いままで家族の誰かが死ぬということは、経験したことが無かったから、実感がわかなかったのだ。
僕は、子供のころから漠然とではあるが、何とはなしに心の隅に不安というようなものを感じて生きてきた。それがどのような類のものであるかは分からない。また、生と死という人間の普遍的な問題かもしれないが、まだ十七歳の僕には、そこまで思い至らなかった。多くの若者もそうだと思うが、明確な目的を見出せぬままに生きてきたといえよう。
母の告白以来、これからどうしようと、僕なりに、ひとり、懸命に考えた。店を継ぐということは、もつとも簡単であるが安易過ぎる。その決心をするにしても何かが足りない気がした。友人から、どうした、と問われるくらい、傍から見てもそのときの僕は神経質になっていたようだ。


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