V ある日、また遺品整理の仕事が入ってきた。ただ、五十歳代後半で祐一郎よりいくらか若い立石がいつになく重い口調でいった。 「和賀さん、先にいっておきますが明日の仕事は部屋で自殺した人の遺品整理でね。部屋は二間だけだから半日程度で済むと思うが、ついこの前のことだから気味が悪いでしょうが頼みます」といった。 「ええ、かまいませんよ」 「そうですか、貴方はこの仕事を淡々とこなしてくれるから助かります。いやなにね、家主が自殺した部屋を嫌がってね、すぐ片付けてもらいたいと急かされるものだから。年末までに区切りをつけたいのだろうね」 「そうでしょうなあ、仕方がないことです」 「やはり、人生経験が豊富でなければこの仕事は難しいね。若い奴は意気地がないから困るよ」 普段は何人かで遺品整理をするのであるが、数日前の出来事でさすがに生々しい現場であるから、他の者が嫌がったということであった。家主も自殺した部屋は、次の借り手のために直ちに部屋を整理して綺麗にリフォームすることになる。無論、自殺した部屋は借り手がないから秘密にしようとするが、どこからか噂がひろがり、ほとぼりがさめるまで何年かは空き部屋ということが一般的のようだ。 次の日、祐一郎は立石と二人だけでその現場に入った。小路に沿って建っている古いアパートの一階で四畳半と六畳の和室と小さな台所という間取りであった。家具類や電気製品などは多くはなかったが、酒の空き瓶やビールの空き缶が散乱していた。荒んだ生活が手に取るように分かった。異臭が漂っていたが、発見したとき死後一週間ほど経っていたというから、冬とはいえ、死臭が残っているのかもしれなかった。 家主からの又聞きであるが立石の話すところでは、その故人はまだ四十歳代後半の男であったという。寝室にしている四畳半の部屋の天井にフックを取り付け、それに紐を通して首を括ったということだ。その日の夕方、滞っていた家賃の請求にいき声をかけても返事がなかったが、ドアが開いたので中に入ってみると薄暗い部屋の真ん中で男が立っていた。だが、再度声をかけても返事をしないので電気を点けてみると、首を括っていることが分かったということだ。宙づり状態ではなく、少し前屈みで足が畳に触れていたというから、暗い部屋では立っているように見えたらしい。 祐一郎はその部屋に入ってみた。天井を見てみると、その金属製のフックが付いたままであった。その時、男はどのような気持でフックを取り付けたのだろうか、と思った。自殺はするな、とにかく生きよ、と人はよくいうが、本当にそうだろうか、と祐一郎は思っていた。神経が擦り減ってしまい、この社会では生きていくことに耐えられない人間も数多くいるはずだ、とも思っていた。祐一郎には、自殺者がどのような状況に追い込まれていたかは知らないが、咎める気にはなれなかった。ただ、冥福を祈るだけだった。
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