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作品名:蕗の薹 作者:じゅんしろう

第7回   7
今の日本では自殺者が毎年三万人を超えている。多くは経済的な理由からであろうが、孤独死した人の遺品整理をしていると、この人たちも潜在的な自殺者ではないかと、祐一郎は考えるようになっていた。祐一郎にはかれらの気持ちが痛いほどわかった。自分もあなたたちと同じ仲間の一人です、と祐一郎は心のなかで思いながら仕事をした。
仕事のない時の祐一郎の日常は、読書と散歩、あるいは唯一の趣味である囲碁で過ごすことが多い。以前通っていた碁会所は事業を失敗したのを機に行かなくなり、そのかわりパソコンのインターネット碁で打っていた。これは世界中の人とリアルタイムで楽しむことができる。対戦相手と顔を見合わせることはないので、いまの祐一郎にはうってつけであった。
そんなある日のことだった。一時間ほどゆっくりと街を散策しての帰り道、ある高校の前に自動車教習所の送迎小型バスが止まっていた。以前は女子高校であったのが少子化で今は男女共学になっている。そのバスにうりざね顔で華奢な身体つきの女子高校生が、小走りにポニーテールの黒髪を揺らしながら乗り込もうとしていた。一瞬、見覚えのある顔だと思ったが、そのときは分からなかった。ただ、今の小樽市は人口減で顧客を得るために自動車教習所も大変だな、と思った程度であった。
次の日の夜、祐一郎がスーパーマーケットで買い物をしてレジに並んだとき、その女子高校生がいた。シフト制でレジ係のアルバイトをしていたのである。普段、白いブラウスなどにジーパンという服装であったから、高校の制服姿では分からなかったのだ。あらためてさりげなく見てみると、黒目勝ちの目をしていて、肌は透きとおるように白かった。ただ、前の客とのやり取りを見ていると、受け答えがはきはきとしていて、顔に似ずしっかりとした性格のようである。そのとき祐一郎は、自動車教習所に通う費用もアルバイトで捻出しているのだろうと想像した。これから生きていく若いエネルギーを感じ、頼もしくもありやや羨ましくもあった。老いていく自分とこれから社会に巣立っていく人とのどうにもならない比較であった。無論、祐一郎はこの女子高校生と係わることがあるはずもなく、ただ、アルバイトの娘さんとときおり顔を合わす客というだけだと思っていた。
だがある日、散歩していてまたその高校の前を通り過ぎようとしたときだった。前方からその女子高校生がやってきて、すれ違いざま祐一郎に向かって、こんにちは、とかろやかな声でいい会釈をして通り過ぎて行ったのである。思いがけない出来事に祐一郎も会釈を返したが、他の人への挨拶かと振り返った。だが、誰もいなかった。いつの間にかその女子高校生は、祐一郎を覚えていたようであった。後日、またその女子高校生のレジの列に並んだとき、「この前分かりましたか、制服姿だから分からないのではないかと思いました」といい、可愛い笑い顔になった。祐一郎は、その物言いと態度に、女子高生の育ちの良さを感じ、心がわずかに和んだ。こうして、会うたび挨拶を交わすようになった。


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