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作品名:蕗の薹 作者:じゅんしろう

第6回   6
 U
祐一郎は年金が支給されるようになっても、リサイクルショツプのアルバイトは続けていた。単に収入が増えるという理由からだけではなかった。昨今は、孤独死や孤立死といわれる死亡記事が世間を賑わせている。世間から見放され、あるいは背を向けていた人々の死は、祐一郎自身に当てはまることでもあるからだ。そのような生き方をあえてしてきたとはいえ、いつなんどき自分がなりかねないことに、ずしりと身につまされた。
遺品整理の現場に入り作業をしていると、その人となりが何となく感じられ垣間見ることができる。どの現場も寂しくある種の涼しさといったようなものを感じた。近い将来の自分を見るようで、ある意味において興味が尽きなかった。
母親が亡くなり身軽になった祐一郎は、いつ死んでもよいと思っていた。実際、祐一郎は少しずつではあるが自身の死亡したときの準備をし始めていた。身の回りの必要のないものはできるだけ整理をして軽くしょうと心がけていた。さらには自分の葬儀はしないことにしていた。そのため、白菊会といわれる制度を利用して、医科大学に献体をすることに決めていた。これに入れば、葬儀の心配はなく自身の遺体処理の一切の費用はかからない。一、二年後、医学生の解剖実技が済めば、遺体は焼かれ遺骨となって遺族のもとへ帰ってくる。引き取り手がない場合、大学で慰霊してくれて共同墓地に埋葬してもらうことができるのだ。ただ、現在は応募が多く休止している状態である。これは社会的に困窮している人々が多くなっているためか、それとも核家族化が進み物事の考え方が変化したためか、あるいは単純に葬儀は必要ないと考えている人々が多くなってきたためなのだろう。それが再募集されれば、すぐに申し込むつもりでいた。
倒産してから十年間、祐一郎は追い詰められ切羽詰まった夢ばかり見てきた。大抵そのときの仕事に係わってきた人たちが絡んでいるものだった。夢から覚めたとき、酷い汗を掻いていたり、あるいは強い不安に駆られ気持ちが落ち着くまでしばしの時間が必要だったりした。強いストレスを抱えたまま生きてきたといってよい。ようやく、このところ見る夢もいくらか落ち着いてきたものもある。ただ、夢を見ることなく目覚めたとき、まだ生きていたのか、という思いをいだくこともあった。生きていく希望をほとんど見いだすことができないでいる祐一郎にとって、後は死ぬことだけであったからだ。だが、祐一郎は自殺することができない。母親が亡くなる少し前、予感があったのだろうか、「私が死んでも、お前は自殺してはだめだよ」と祐一郎の顔を覗き込み、笑みを浮かべながらいったのだ。人生に絶望している息子への、それが遺言になった。母親の皺だらけの笑みが忘れられなくなっていて、その言葉に背くことができなかった。
しかしながら母親が亡くなり独りきりになってみると、強い孤独感に苛まされはじめていた。小さな借家であるが、使われなくなった母の部屋のぶんだけ広くなり、話が交わされることの無い家に、祐一郎がぽつりと居た。ときおり見る夢から覚めると、訳もなく不安と焦燥に駆られることがあり、さらに独り言が多くなった。軽い鬱の状態になっているかもしれない、と祐一郎自身が思い始めているほどだ


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