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作品名:蕗の薹 作者:じゅんしろう

第4回   4
 だが、幸いにも医者のいった通り軽い脳梗塞だったので、一時的な痴呆状態にはなったが通常の生活ができるまでに回復した。入院費用はなんとか工面できたが、わずかに貯めていた金の大半は消えた。また、薬は生涯離されない身になり、さらに、物忘れが多くなった。今まで食事は母親が作っていたのだが、或る日、祐一郎が外出から帰り居間に入ると、天井のあたりが煙で充満していた。母親はそのことに気がついていないのか、あるいは煙の意味が理解できていないのか、ぼんやりと座っていた。祐一郎があわてて台所に行ってみると煙が充満していた。鍋がガステーブルにかけっ放しになっていて、中のものは黒焦げになっていた。その日から、祐一郎が食事の支度をするようになった。祐一郎の負担は増えたとはいえ、そのことは以前から覚悟していたことでもある。痴呆の介護までには至っていないのでまだ幸いであろう、と自分に言い聞かせ、料理を作り続けた。近くにあるスーパーマーケットへは、祐一郎自身が食材を買いに行くようになった。いつまた母親が病気になるか分からないので、その為の蓄えを備えなければならない。店が閉まる一時間前になると惣菜などが半額になることを知り、食費を浮かせる工夫もした。そのほかの必要な買い物もリサイクルショツプなど格安で手に入るような所へと求めることを心がけた。母親を看取るまではと、あらためて覚悟をしたといってよい。
 そのような生活から六年が過ぎたある冬の季節のときだった。わずかずつではあるが金を貯め、母親もほとんど以前のような状態に戻り一安心といったとき、祐一郎の身体に異変が起きた。胃の具合が悪くなってきたのである。昔から、胃腸は弱く、胃の周辺の張りや鈍痛はしばしば起きていた。たいていは市販の薬で治る程度であったのが、今回は飲んでも効かず、食欲も落ちてきたのである。癌か、と祐一郎は思った。父親は六十歳前に食道癌で亡くしているし、父方の叔父や従兄弟も癌で亡くなっている。つまり、父方の家系は癌系統だ、ということは前から分かっていた。父親の亡くなった年に近くなっていて、いよいよ自分の番かと覚悟した。母親がいなければ、このまま放置して死んでいたかもしれない。ようやく生きていく苦痛から解放され楽になれるからだ。だが、母親を残して死ぬことはできない。やむをえず、近くの市立病院に診察に行った。
 検査の結果、担当の医師からあっさりと胃癌と告知された。今は昔と違って告知することが大勢となっているとのことである。ただ、初期の癌であるから、すぐに患部を摘出すれば治る確率が高い、ともいわれた。また、母親よりは先に死ねないとあらためて思い、入院し、手術することに決めた。


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