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作品名:蕗の薹 作者:じゅんしろう

第3回   3
祐一郎は母親が愛用していた唐草模様の風呂敷を解いた。現われたのは骨箱だった。母の遺骨であった。それを墓の前に置くと、花を飾り蝋燭と線香に火をつけた。祐一郎は両手を合わせ深々とお辞儀をした後、般若心経を唱えだした。倒産してから、祐一郎は救いを求めるように仏教関係の書籍を図書館から数多く借りて読んだ。得るものはほとんどなかったが、般若心経だけは何故か心が落ち着き、覚えたのだ。母親が亡くなったら、祥月命日のとき寺の坊主には頼まず、自分で唱えようと決めていた。仏教関係の本を読み耽った結果、現在の檀家制度に疑問をいだき、寺とは関係を断とうと考えた。そして、実際そうした。葬儀も家族葬といわれるもので坊主はよばず、極限られた親族だけでした。
 般若心経を唱え終わると、骨箱を開けた。祐一郎は、自分をこの世に生まれ育ててくれた母親の白い遺骨をじっと見た。そして、その骨箱を愛おしむように両手で撫ぜた。しばらくそうしていたが、ふいに、すみません、というと、身を震わせ声をあげて泣き出した。
 祐一郎には、何もかも失い年老いた母親を悲しませてしまったという強い自責の念があった。再起することを諦めてしまっている息子に対して、母親は何も言わなかった。黙って祐一郎と暮らし続けた。それは祐一郎にとって、辛い生活といえた。
さらに不幸が二人を襲った。
 ある朝、居間に入ってみると母親が普段着のままうつ伏せになっていた。身体を揺すってみると反応があったので、祐一郎はなにをこんなところで寝ているのかと思ったが、そうではなかった。脳梗塞で倒れていたのであった。すぐに救急車で脳神経科病院に運び込み、そのまま入院ということになった。医者の話では、幸い軽い脳梗塞であるようなので、大事には至らず回復するだろうということだった。だが妹や弟に電話連絡をすると、二人には倒産による心労が引き金になって脳梗塞になったのではないのか、といわれた。祐一郎は妹弟に追い打ちをかけられたような気がしたが、返す言葉がなかった。そして、妹弟たちは、わずかな見舞金を送ってきただけで、駆けつけて来ることはなかった。
 祐一郎は仕事が終わった後、毎日病院に通った。だが、母親は祐一郎がベッドの脇に座っても、天井を見ているだけだった。声をかけると、はじめて祐一郎をぼんやりと見た。それ以上の反応はなかった。このまま痴呆になっていくのかと、祐一郎は恐怖を覚えた。脳梗塞を患ってから痴呆になっていく話はよく聞くし、介護の大変さはテレビなどでよく報じられていた。介護疲れから親を虐待し、最悪の場合殺してしまうという新聞記事はよく目にしている。その当事者になりかねないとはいえない、と思った。頭を抱えたくなる心境だった。


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