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作品名:蕗の薹 作者:じゅんしろう

第11回   11
世間の年末から大晦日に至る慌ただしさは、祐一郎には無縁なことだった。母親が存命のときは、ささやかではあるがそれなりの支度めいたことはした。だが亡くなった今は一切しなかった。いつもの生活を淡々と送るだけだ。
年が明けたある日のこと、その女子高校生が、「就職が決まりました。まだ、配属先は未定ですけれど」といってきた。大手携帯電話の販売店だという。そうなれば、春には女子高校生と会うことは無くなるということを意味していた。ただ、三月いっぱいはスーパーマーケットでのアルバイトを続けていくということであるから、あと三月足らずの期間である。唯一の楽しみも残り僅かであった。
それから少し経った病院での定期検診のときだった。担当医が血液検査表とレントゲンを見比べながら、「加賀さん、精密検査をしましょう」といった。
「とくに自覚症状はありませんが、癌が再発したのですか?」と祐一郎が訊くと、「いえ、まだ分かりませんが、その疑いがあります」と静かな口調でいった。以前から、祐一郎は担当医に対して、癌の再発のときは包み隠さず教えて欲しいといっていた。数日間入院しての精密検査が必要だとのことである。以前の祐一郎であるならば、それを拒否しそのまま何もせず死ぬことを考えたであろう。その覚悟はできていたはずだった。だが、女子高校生とのほんの少しの係わりが、祐一郎の気持ちに変化を起こさせていた。このままでは死ねないと思った。不安を覚え、身体が微かに震えるのが分かった。二日後、三日間の入院検査ということになった。
その日の夜、スーパーマーケットに買い物に行くと、丁度その女子高校生が出番の日だった。例によって明るい口調で、「昨晩、私の家で友達と話し込んでいたら、遅くなったので車で送ってきました」といった。 
「ほおー、免許を取ったばかりなのに、夜の雪道の運転が怖くないの?」 
「ええ、がんがん運転しますよ」と、ハンドルを掴む仕草をして笑った。
それは、昼間の病院でのことと、別世界の会話であった。救われた思いだった。
検査入院の前日、その支度をし終えた後、祐一郎はなにもせずぼんやりと過ごした。なにかを考え行動を起こさなければならないと思ったが、なにもできない自分を知っただけだった。あらためて、いまの自分には何もないということを実感した。気がついたときは夜になっていて、部屋にぽつりと居た。ふいに、俺はくだらない人生を送ってきたのだな、という言葉が口から出た。祐一郎は唇を噛み、今更どうしょうもない、せめて、どうなろうと、腹を括るしかないと思った。


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