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作品名:蕗の薹 作者:じゅんしろう

第10回   10
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自殺した男の遺品整理をしてから、祐一郎は夜間、何もせずぼんやりと過ごすことが多くなった。明るい昼間のときはそうでもないのだが、暗くなる夕方あたりから、なんとなく気が落ち込むようになってきたのだ。夕食を終えた後、なにをするでもなく過ごしていて、気が付くと真夜中になっているということもあった。そうしたとき、俺の人生は失敗人生だったな、と自嘲気味な言葉がぽつりと口から出た。自殺した男の荒涼とした部屋が浮かびあがり、顔も分からない見ず知らずのその男と自分が重ね合わさった。そして、そのまま更に夜が深まっていった。
そうした日常を送っていって、わずかに救われるような思いを感じるときは、あの女子高校生とのほんの一瞬ともいえる挨拶を交わしあうときだけだった。あの可愛らしい笑顔だけが、祐一郎の心を温めてくれた。以前、その女子高校生がいたとしても、頻繁にそのレジの列に並ぶのは、変な親父と勘繰られるのではないかと思い、隣の列に並び勘定を済ませたことがあった。すると、その女子高校生が隣から、どうして私の列に並んでくれないのですか、と可愛い声でいってきた。祐一郎は自分でも顔が赤くなるのが分かった。長いこと忘れていた感覚だった。そのときから、その女子高校生のレジに並び続けるようになったのだ。無論、恋愛感情というものが芽生えたという類いのものではない。もし、女子高校生が祐一郎の子供だとしたら、年齢的には遅く生まれた子供ということになる。もしくは孫に近い年齢差である。異性に対しての愛情ではなく、自分の身近で係わる好ましい人間に対しての想いだった。理性はわきまえていた。祐一郎はいつも実際の歳より若く見られていて、歳を当てた人はいなかった。実年齢を教えると、皆、一様に驚いた。そのとき祐一郎は、「とっちゃん坊やのような生き方をしてきたものですから」というのが常だった。あるいは女子高校生は母子家庭で、祐一郎を自分の父親に重ね合わせているのかもしれないなどと、想像したりした。実際、女子高校生はずいぶんと祐一郎の中に入り込んできて、買った食材を見ると、「今日は鍋ですか、いいですね」などといってきたりした。その時、祐一郎もそれに応じて、短い会話のやり取りが生じる。たとえば、車の免許をすでに取得したことなど断片的な事柄が積み重なって、いろいろと想像ができて楽しかった。今の祐一郎にとって、貴重な時間ともいえた。無意識のうちに、この無味乾燥した生活から逃れたいという願いだった。まだ祐一郎自身は気が付いてはいないが、いま一度、人としての生活を取り戻したいという渇望であった。女子高校生と係わりあっているうちに、世間に背を向けてきた生き方から葛藤が生じ、もがき苦しんでいたのである。


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