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作品名:蕗の薹 作者:じゅんしろう

第1回   1
 T
 夏から秋にかけて咲き誇っていた各種の花々もとうに無くなり、青々と茂っていた木々の葉から鮮やかな朱や黄色に染まる時期も過ぎていた。いまは枯れ葉が舞い散る晩秋というより冬に近いある日のことだった。このところ肌寒さが身にしみるような日々が続いていたが、久しぶりに小春日和ともいえる暖かく穏やかな日差しの中を、和賀祐一郎はゆっくりと家から最上町にある墓地に続く街の坂道を歩いていた。家から墓地までは路線バスで行くこともできるが、あえてしなかった。できるだけ広い通りを避け小路伝いに、もう三十分以上は歩いていることになる。背負っているリュックから、顔を出しているかのように色とりどりの鮮やかな花弁が見えている。首から胸にかけて唐草模様の風呂敷で包まれている小さな箱のようなものを吊り下げていて、それを大事そうに両手で抱えていた。ようやくのことで墓地の入り口に立った時、祐一郎の額には薄っすらと汗が浮かんでいた。   ハンカチで額の汗を拭うと、祐一郎はあらためて目の前に広がる墓地全体を見渡した。人影はなかった。この最上墓地は小樽市で一番大きく火葬場も備えていて、二か月近く前の秋の初めに、九十三歳で亡くなった母親の慶子もここで火葬をしていた。墓地は小樽の主ともいえる天狗山に連なる丘陵にあり、そこ全体が切り開かれた棚田のようになっている墓地である。祐一郎の家の墓は、その丘の上の方にあり、さらに急斜面を登らなければならない。祐一郎はひとつ深呼吸をすると、ゆっくりというように足を踏み出した。その道を歩きやすいように交差しながら登って行った。それでも暖かい日差しに、すぐに汗が噴き出してきた。道の傍らに小さな木陰があったので、そこで汗を拭い一息入れた。そこからは数多くの墓だけではなく、街の一部や港と海が見えた。明るい空やゆらゆらと光る海は、ともすれば沈みがちになる祐一郎にとって救われたような気持になる光景だった。
 「陽の光は良いなあ」と、祐一郎は目を細めてぽつりと呟いた。
 道を登りきったところから、右手側の墓が並んでいるわずかに人一人が通れるほどの小道に入って行った。しばらく行くと、ようやく祐一郎の家の墓にたどり着いた。そこからは、先ほど木陰で涼んだところより、街や港が大きく広がって見える。さらには石狩湾や増毛連山が遠望できた。増毛連山の頂はすでに白かった。
 それから首から吊り下げていた風呂敷を外し、リュックを下した。リュックの中から鎌を取り出すと、墓の周りに生えている雑草を刈りだしはじめた。今年の盆の時も刈ってはいたのだが、結構雑草が伸びていた。祐一郎はそれを丁寧に刈り、むしり取った。三十分ほど、その作業に没頭した。ようやく終わると、リュックからタオルを取り出し、また額の汗やシャツのボタンをはずして身体を丁寧に拭った。そして家の墓を背にすると、すり鉢状になっている墓地全体を見下ろしながら煙草を吸った。吐き出した淡い煙は墓地に溶け込むようにして消えていった。祐一郎はぼんやりとそのまま佇んでいた。


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