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作品名:赤井川村にて 作者:じゅんしろう

第3回   3
その日、初めはからかい小突く程度だったのがエスカレートして、秀才が足蹴にするように煽った。だが、さすがにその取り巻きの生徒が躊躇していると、秀才が初めてじきじきに自分で足蹴をした。それを見た息子が席をけって猛然と秀才に飛び掛り、一発顔面に喰らわした。
取り巻きの生徒が息子を秀才から引き離し羽交い絞めにしようとしたとき、今度は普段寡黙な、いるかいないか分からないような大柄な男子生徒が取り巻を投げ飛ばし、仁王立ちになって睨みつけた。その剣幕に取り巻き連中は、手も足もでなかった。
騒動自体はそれで終わりだったが、帰宅して来た、顔をはらした我が息子を見て、翌日その母親が怒鳴り込んできたという次第である。
その母親は最初息巻いていたが、紆余曲折の末、他の多くの同級生の証言により真相が明かされると、意気消沈して肩を落とし無言で帰ったという。今まで見て見ぬ振りをしていた生徒も、その秀才に対して良い感情を持っていなかったようで、一致団結したようだ。
私は話を聞いて、最近口を利くことが少なくなった息子の一面を知った。いじめという陰湿な行為に対しての不快感のあと、それに対して立ちあがった息子の行為と生徒たちに内心愉快になった。高校一年の娘と、二人の子供のことは妻にまかせっきりだったが、よく育っていると思った。
夕食の食卓は息子の好物が並んでいた。食事のとき、息子は私をちらりと見た。私は素知らぬ顔をして晩酌のビールを飲み干した。いつもよりずっと美味かった。
私は握り飯を食べ終えると、水筒に入れてあるお茶を飲みながら竿を手にし、あらためて、それを見た。
渓流釣りが唯一の趣味である亡くなった父の形見だった。私は当初分からなかったが、自身渓流釣りの年月を重ねて、それがかなりの値がするものだと知った。
細くて軽く、手にしっくりとなじみ、魚が掛かったとき、竿はしなやかにそり返る。
形見の竿は十本ほどあるが、これが一番使い勝手がよく、愛用している。
今の私と息子がそうであるように、私と父との間もさほど会話がなかった。
私が地元の工業高校を卒業して、親にも相談せず本州の有名自動車会社の製造部に就職することを決め、既成事実として伝えたとき、父は、うむ、と頷いただけで何も言わなかった。
父が毎日工場で油まみれになって働いているのを見ていたが、面と向かって後継の話をしたことはなかった。私も自動車が好きだったので、忙しいときなど手伝うことがあったから、自動車会社の就職は修行のつもりであった。親子だから何もいわなくても理解してくれると思っていた。父は黙って送り出してくれた。


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