私は父の事故死のことは黙っていた。 「私も今までひとりで来ていましたが、私にとっても考えさせられる出来事でした。別な意味で、考え直さなければいけない」と、後の言葉は自分に言い聞かせるようにいった。 「別の意味とは?」 「はい、男には独りになりたい時があると思って、家族を連れてくることもなく二十年間そうしてきましたが、頑なにすぎました。家族のことを考えなさすぎました」と言うと、老人もおおきく頷き、私も似たようなもので同感です、と相槌をうった。 昼飯も食べていなかったので、熱いうどんを注文し、二人で食べた。格別な味がした。それから、よもやま話になったが、老人の物言いは、礼儀をわきまえた気持ちの良いものだった。ただ、老人の家族の話になると、かすかにある寂しさのようなものを感じた。 気がつくと陽も翳りはじめようとしていた。老人の体調も安定しているようなので、後日、老人の来訪の期日を約束して帰ることにした。先に老人の車を見送ったが、やはり、渓流釣りには不釣合いな高級車だと思った。何か老人のなかの孤独を見たような気がした。 ―しかし、俺はどうだったのかと思う。出来うる限り家族サービスをしてきたつもりであるが、赤井川での渓流釣りは頑なに一人を押し通してきた。妻や子供たちは、そのような俺のことをどう思っているだろうか。いつのまにか、親父と俺の様な関係に、息子ともなっているのではないのか。昔、親子というものは以心伝心で分かり合えると考えていたが、今日の時世ではそうはいかないだろう。会話をしなければ、親父の時のように、伝えたいことも出来ないままに終わってしまうことになるかもしれない。親父が本当は私の帰りを待っていたと母が言っていたが、親父も今の俺と同じように、同じ思いを抱いたこともあったかもしれない、と思った。といって、急に両手を広げるような真似をすれば、息子も戸惑うだろう。どうしょうか。 それだけのことを車に乗り込む間に考えた。 帰路は来た道と反対の直接小樽に入る道をとる。以前は砂利道の悪路だったが、リゾート会社の大型スキー場建設によって道路が整備されていた。まだ疲労は残っていたが、気持ちは軽くなっていた。快適な運転だった。今日の出来事はこれからの人生の転機になるかも知れないと思えた。ただただ、妻や子供たちが無性に愛おしかった。家族が愛おしかった。私の思いを伝えたかった。 私は車を村が見渡せる丘で止め、外に出た。村はいつの間にか、雲海の下になっていた。夕焼けに染まった紅い雲海は綺麗だった。これまでも何度も見てきたが、今日は格別だった。この景色を家族で見たいと思った。息子に黎明の、あの蒼い湖も見せたかった。 だが、独り善がりになってはならない。今の時代は父と私のときとは大きく違う、知恵が必要だと思った。あれこれ考えを巡らせたが、直ぐに良い考えを思い浮かべることが出来るはずもなかった。 そうしている間にも、夕暮れが迫ってきて、あたりの影が濃くなってきた。 不意に、今の自分が可笑しくなり、声をだして笑った。このようなことを考えているだけでも大した前進だと思い、また車に乗り込み発進させた。 小樽までは、あとひと息だ。
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