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作品名:菜箸 作者:じゅんしろう

第7回   7
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 昼過ぎ、私は家の近くにある住吉神社をひとり散策した。
 神社は国道沿いにあり、大きな石の鳥居から幅が広く長い参道になっていて、途中三か所の石段がある。その参道の左右には高い杉の木や松の木、銀杏の木々などがそびえている。私は誰もいない参道を、下からゆっくりと歩いてみた。ときおり差し込む木漏れ日が心地よかった。上るにつれ、車の騒音は小さくなっていき、最後の石段を上りきったときにはほとんど聞こえなくなっていて、大きな神殿は静かな佇まいで私を向かいいれてくれた。
 神殿の前では参拝をしている年配らしき和服の婦人の後ろ姿が見えている。境内の左右には桜の木々が植えられていて、子供の頃、春に一斉に咲いた桜の下を実母とよく見にきたものであった。
 そういえば、継母とは一度も一緒に来たことはなかったな、と思った。そのかわり、咲子と何度か桜の木の下で遊んだことがある。年が離れていたせいもあって、咲子を可愛がり、咲子もなついてくれ、私にくっついて離れなかったものだった。
 家に入ってきた継母を嫌ったことはなかったし、違和感を覚えたこともなかったのに、継母と二人きりで過ごしたという記憶がまるでなかった。継母も無理に私と合わせるということはなく、あくまで自然に振る舞っていたように思う。
 多感な少年期のことだから、といえばいえるのであろうが、それならば何故一度も反抗することなく、過ごすことができたのだろうかとあらためて思った。そのようなことを考えていると、不意に後ろから声をかけられた。振り向くと品の好い婦人である。
 見覚えのある人だな、と思った瞬間に、「佐藤でございます。葬儀においてはご苦労様でございました」といったので、葬儀に参列してくれた人であることを思い出した。
 あわてて挨拶を返すと、「わたくし、澄江さんとはここの神社で知り合いましたのよ」といいながらあたりを見渡した。
 「この場所で、ですか」
 「いえ、正確には下の国道に近い参道で、毎日ラジオ体操をしておりますの、そこで」といい、「でも、もうご一緒に体操をすることはできなくなってしまいましたけれど」といって目頭を押さえた。
 そういわれてみると、継母は朝の早い人だった。
朝起きてみると、いつもちゃんと食事の用意がされており、家の中はきちんと整理がされていた。病気がちになっていた実母のときとは大違いだった。
 朝早く起きて畑仕事をし、さらにはラジオ体操までしていたとは、私は継母のことを何も知らないのだとあらためて思った。
 「澄江さんにはいろいろと愚痴を聞いてもらい、そのつど核心をつく一言をいただいて、どんなに助かりましたことか」
 「どのようなことをいっていたのですか。たとえば難しい言葉の人生訓のようなものですか?」
 「いいえ、わかりやすい言葉でしたよ、そうそう物事をあまり複雑に考えないで、平明にとらえた方が良いですよ、とおっしゃつておりましたね」
 「平明ですか」
 「そう、平明。良い言葉ですね」
 無論、平明とは、わかりよく、はっきりしている、という意味であることぐらいは分かっている。継母はそのことを信条として生活してきたことは分かるが、だが、それだけでは小学生だった私が感じた、継母が溶け込むようにして家になじんでいった理由は説明できないだろう。婦人と別れた後、そのことをずっと考えた。


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