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作品名:姉弟の詩 作者:じゅんしろう

第9回   9
その日を境に正造の生活が荒れた。店の仕事はなんとかこなしていたが、女もでき、店を兼用している自宅にほとんど寝泊りすることはなくなっていたが、雪絵はじつと耐えた。
 それが逆に正造を滅入らせ、たまに家にいるとき、雪絵に怒鳴り散らしつらく当たった。
陽子はそんな正造に反発し、鋭い目を向け、口をきくことはなくなった。
 正造は自分が病に倒れたあと、雪絵の献身的な介護と店の経営の苦労を知っていたため、出て行けとはいえなかった。だが、沼田への憎しみだけではなく、自分に相談もせず、雪絵の軽率な行動をどうしても許せなかった。雪絵への愛情が深いだけに、その思いが強かったのだ。それだけに理由がどうあれ、裏切ったことに怒りがおさまらなかった。
 正造と雪絵は、お互い苦しんでいた。そのような暮らしが一年ほどたつうちに、雪絵の様子が少しずつおかしくなっていた。以前はそつなく客との対応をこなしていたが、ちょくちょくミスをするようになり、ぼうっとしたり、突然涙ぐんだり、ついには店には出せるような状態ではなくなって、二階に引きこもるようになった。
 そのような時、アルバイトとして雇ったのが、享子だった。享子は美人ではなかったが、ぽちゃぽちゃとした顔つきと身体で、愛嬌があり気性もさっぱりとしていて、客あしらいもよく人気があった。正造も自然頼りにするようになった。
 正造もおかしくなっていく雪絵を見るうちに、女遊びも止めていたが、すでに遅かった。
 ある朝早く、雪絵は港の埠頭から身を投げて死んだ。遺書はなかった。葬儀のとき人々は陰で正造の浮気が原因で気が狂ってしまったのだろうと、噂しあった。
 陽子はそのときから無口な少女になった。
 一年ほどして正造と享子が一緒になると、ますます無口になり、家庭は気まずい空気が漂ったが、正造は何も言わなかった。享子はずいぶんと気を使ったが、徒労に終わった。
 そうして年月だけが経っていった。
 陽子が高校三年生になっていたときには、目鼻立ちの整った大人びた顔立ちのどこか陰のある美貌の娘になっていた。
 高校を卒業する少し前、陽子は二人に旭川市のホテルに事務員として、就職したことを告げた。正造は何も言わなかったが、享子は、私がいたらなかったばかりに、と二人の間でおろおろとするばかりだった。
 陽子が旭川に行く当日、正造は何か言いかけたが、陽子はそれを遮るように、一言、さよなら、と乾いた声で言っただけだった。
 こうして十数年がたった。五年前、享子は最後まで陽子のことを案じて癌で死んだ。可哀相な女だと思った。陽子とは音信不通だったが、あえて知らせなかった。そして葬儀の後、酒を断った。


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