U 宮島正造は夢を見ていた。 五年前に癌で死んだ享子だった。死んだときは骨と皮だけになってしまったが、元気なときのふっくらとした愛嬌のある優しい顔立ちだった。 岸壁に立っていた。懐かしさに、享子の肩に手をかけようとしたとき、なぜか二十数年前に死んだ前妻の雪絵に変わっていた。面長の美しい顔で正造をじっと見つめていたが、それが一瞬にして狂気の目に変わると、後ろ向きになり、そのまま海に飛び込んだ。あわてて岸壁から海を覗くと、雪絵の細く白い両手が沈んでゆくところだった。正造にはどうすることもできなかった。 「雪絵!」と思わず叫んだとき、目が覚めた。 全身汗を掻いていた。しばらく荒い息が続いた。そして寝室を出て洗面所に行き、続けてコップ二杯の水を飲んで、ようやく一息がついた。さらに顔を洗い、寝間着をもろ肌脱ぎにして、タオルで汗を拭った。 洗面所の窓から見える外はまだ薄暗く、夜が明けるにはまだ間があるようだ。 居間のテーブルの前に座ると、煙草に火をつけ、深々と吸うと、ゆっくりと煙を吐いた。 雪絵は陽子の実の母親だった。雪絵は黒目勝ちの鼻筋の通った美しい女だった。口数は少なかったが、よく正造を助け寿司屋の女将として店を切り盛りしてくれていた。 一人娘の陽子も生まれ、仕事も家庭も順調だった。 だが、陽子が小学四年生のときだった。正造は仕事に打ち込んでいて、知らないうちに無理がたたったのだろう、過労から身体を壊し、半年ほど入院生活を余儀なくされた。 店は正造の腕で成り立っていた。雇いの職人ではうまくいかず、店はいっきに傾いた。銀行への借金の返済もとどこうり、困窮していたとき、かねてから雪絵に横恋慕していた常連客で、資産家だと吹聴していた沼田にその隙をつかれ、金を融通するからと強引に言い寄られ、間違いを犯してしまったのである。だが、なんだかんだと理由をつけて金を用立てようとはせず、また身体を求めてくるのを拒絶すると、二度と現れることはなかつた。ようやく騙されたことに気づいたが、後の祭りだった。 そのころ、さいわいにも正造が退院し、銀行に掛け合い、これまでどおり取引をすることができ、事なきをえた しかし、沼田とのことが雪絵の心に深い傷となって残った。さらに、だれかれともいうことなく、雪絵と沼田のことが噂になり、正造の知るところとなった。 ある夜、店が終わった後に正造に問い詰められた雪絵は正直に告白した。どうか殴ってくださいと、泣いて詫びる雪絵を正造は殴りつけようと握った拳を振り下ろそうとしたとき、なぜかそのまま店を出て行ったのである。ついにその夜は帰ってこなかった。
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