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作品名:姉弟の詩 作者:じゅんしろう

第3回   3
 そのとき、チャイムが鳴った。また栄治が舞戻ったかと思い身構えたが、「警察です。おられますか」という男の声だった。ドアを少し開けると、二人の警察官が立っていた。
 「近所の方から、凄い叫び声や物音がしていると通報があったものですから。どうなさいましたか?」
 「あっ、すいません。夫婦喧嘩です、もう終わりました」と、陽子はとっさに嘘をついた。そうですか、と言いながら中年の警察官が顔を突き出すようにして、部屋のなかを見回した。部屋の隅にうずくまっている絹子と恭太を見とめると、「大丈夫かい」と優しく訊いた。絹子は、うん、と言いながらうなずいた。
 「ではこれで失礼しますが、ご近所の迷惑にならぬようお願いしますよ」と言い、わざとらしく敬礼をして、二人は帰っていった。
 今まで、金を無心に来るたびに、時には声を荒げたのは栄治の方ばかりだったが、それ以上に大声をだしたに違いなかった。このようなことは今日限りだと思った。さきほど警察官に言ったように、もうこれで終わりだ、と心の中でつぶやいた。
 次の朝、陽子は子供たちに、栄治はもう来ないと思うが、また来るようなことがあっても、絶対に部屋に入れぬように、無理に入ってくるようだったら、あらん限りの大声で叫ぶようにと、繰り返し教えた。二人とも、うん、といいながらうなずいた。
 こうして一週間がたち、二週間が過ぎた。部屋に笑い声が聞こえるようになった。しつこかった微熱も、いつのまにか消えていたし、なにかしら身体も軽くなったようだ。
 これからは、また親子三人でなんとかやっていけそうだし、なにもかも元に戻ったと思えたある夜のことだった。深夜のガソリンスタンドの仕事を終え帰宅途中のこと、仕事場は街のはずれにあるので、帰り道は車が行きかう大通りを中心に歩いていた。アパートまでは近道があり、そこは人通りの少ない工場地帯だった。栄治のことがあってからしばらくの間、遠回りをしていたのだが、何事もなく過ぎていたので、つい油断をしてしまった。さらに、恭太が朝から風邪気味なのか、ぐずついていたので、つい以前の近道を通った。
 いくつかの工場を過ぎ、もう少しで明るい通りに出ようかというとき、いきなり物陰から黒影が飛び出してきて、後ろから羽交い絞めにされた。


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