何回か繰り返して唄っているうちに、少し風が出てきたのだろう、雲が動きはじめ、増毛連山にただよっていた雲が動いて少し薄くなり、明るくなってきた。海も少し波立ってきた。 「おねえちゃん!」 「うん、おてんとうさまはきっと出てくるわ。もっともっと唄うのよ」 さらに二人は唄いつづけた。 だんだん風が強くなってきて、雲がどんどん流れ、一部空が見えてきた。まるで姉弟に襲い掛かるように、海もさらに波立ってきて荒くなった。 二人は自然と熱を帯び、踵を上げ下げしてリズムをとって踏み鳴らしながら唄い続けた。やがて、二人の願いが通じたのか雲はほとんど消え、太陽が顔を出しはじめた。 二人は互いの顔を見合わせてうなずくと、さらに唄った。 太陽が完全に昇り、二人の身体を照らし暖かく包みこんだ。いつの間にか風も止み波も静まり穏やかな海の姿をみせていた。 二人は手を合わせると、同じ想いで、母親が早く帰ってくることを祈った。 絹子は心の中で、恭太は、お母さんが早く帰ってきますように、と口にだして祈った。 その様子をかなり前から、正造は少し離れたところで黙って見ていた。 知らず疲れが溜まっていたのか、居間で眠ってしまったのである。気がつくと、毛布が身体に掛けられていた。絹子がしてくれたものだと知り、寝室に向かう前に、二人の様子を見るため部屋を覗いてみると、もぬけの殻になっているのに驚いた。 陽子が帰ってこないことで、二人が旭川に向かったのかと考えたが、列車に乗車できる時間帯ではない。すばやくあれこれ思い巡らしたが、はっと気がついた。もしや妻が自殺をし、陽子が助けを求めた第二埠頭に行ったのではないかと勘が働いた。 はたして二人はいた。手を繋ぎあい岸壁に立っていたので海に飛び込むのではないかと、一瞬どきりとしたが、そうではないようだった。 足を踏み鳴らしながら、何かを唄っているようだ。早くそばに駆け寄りたい気持ちを抑えて、ゆっくりと近づいていった。 その歌声がはっきりと聞こえたとき、正造はすべてを理解した。 朝はどこから、という歌は妻の雪絵が陽子にいつも唄い聞かせていたのである。 陽子がまだ幼かったころ、よく日の出を見に、三人で埠頭に行った。 そのとき、太陽に向かって唄い、願い事をしていたものである。その様子を苦笑しながら見ていたが、今となっては遠く切ない思い出だった。 親から子へ、子から孫へと伝わっていたのである。 正造は目頭が熱くなった。 この二人は俺の孫だ、家族だと思った。 正造は息を整えると、ゆっくりと二人の孫のところへと歩み寄って行った。
完
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