居間からは明かりがもれていたので、はっとしたが、そっと覗いてみると、旭川からの疲れからか、正造がテーブルにうつぶせの状態で眠っていた。 絹子は部屋に戻り、自分の毛布を持ってくると、居間に入って正造を起こさないように注意深く毛布を掛けた。そのあと、二人はそっと一階に降りていき外にでた。 夜明け前の薄明かりの中を、小さな通りを抜け旧日本銀行小樽支店などがある、かつて北のウォール街と呼ばれた大通りに出た。この道を真っ直ぐ下って行くと、運河を抜けて第二埠頭と呼ばれる岸壁にでる。 ついこの前、親子三人があわや心中しょうとした所である。絹子はそのことで少しためらったが、恭太は死ぬという意味が分かってはいない。絹子は恭太と握っている手を、ぎゅっと握りなおすと、岸壁に向かって歩きはじめた。そして、埠頭の先端に着いた。 日の出は、対岸の増毛連山と呼ばれるあたりから昇るはずであるが、空はどんよりとした雲に覆われていた。 どうしょうという目で、恭太は絹子を見た。 「大丈夫、おてんとう様はきっと出る」と絹子は自分に言い聞かせるように言い、「恭太、朝はどこから、を唄おう。唄えるでしょう?」 「うん、唄う」 朝はどこから、という歌は、陽子が二人によく唄って聞かせていた歌である。 大雪山山系の山に登ったとき、やはり日の出が見ることができるかどうか、あやぶまれるような雲行きだったのを、陽子が唄おうといって、親子三人で唄っていたら、雲が流れ晴れ渡り、親子三人が日の出に染まったことを思い出したのである。 朝はどこからくるかしら あの空こえて雲こえて 光の国からくるかしら いえいえそうではありませぬ それは希望の家庭から 朝がくるくる朝がくる おはよう おはよう 「昼はどこから…」と、絹子が二番を唄いだすと、恭太は絹子の袖を引っ張り、「おねぇちゃん、一番しかまだ分からないよ」と言った。 「そうね、一番をおてんとうさまが昇るまで唄おう」 「うん!」 また二人は、朝はどこから、の一番だけを繰り返し唄いだした。 だが、どんよりとした雲が依然として空を覆っていて、一向に太陽が顔を出しそうな気配はなかった。 「おねえちゃん…」恭太は悲しそうに絹子を仰ぎ見た。 「おてんとうさまが出るまで、もっと一生懸命に唄うのよ」 「うん!」 二人は互いの手を強く握り合うと、また唄いだした。
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