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作品名:姉弟の詩 作者:じゅんしろう

第26回   26
「でも全然うごかなかった」と言う陽子を制して、「ああ、倒れたとき、後頭部をしたたかに打って気絶しただけだよ」と、少し笑いを含んで言った。
  「ああ、人殺しになったのではないのね」陽子は両手で顔を覆った。
  「奴のほうがナイフを先に振りかざしたというアベックの証言もとれている。逃げたのはまずかったが、貴女は人殺しではないよ。それに奴にはいろいろと問題があるようだし、警察にも情けはあるから。おっと、少し喋りすぎたな」と言うと目で合図をした。
 若い刑事が携帯電話を取り出し、連絡を取るとすぐにパトカーが倉庫の陰から出てきた。
 「おとうさん」と言う陽子の言葉には、少し力強さが戻ったようだ。
 「うむ。これからのことは俺に任せろ。お前が帰ってくるまで、二人のことは心配するな」と正造も力強く言った。
陽子は子供たちを手招きすると、「おじいちゃんよ。お母さんが帰ってくるまで仲良くしていてね」と、二人の背中を正造のほうに押した。恭太は振り向き、「早く帰ってきてね、約束だよ」と言うと、「うん、約束する」と陽子は二人をひっしと抱きしめ、正造にあずけた。
そして、陽子はパトカーに乗り込み、後ろ窓から振り返った。
絹子と恭太がおもわず追いかけようとしたのを、正造はしっかりと抱きとめ、「大丈夫、お前たちのお母さんが約束しただろう。必ず帰ってくる、それまでおとなしく待っていような」と言った。
「本当?」と二人が同時に言うと、「本当だとも、このじいが保証する」と正造は自分にも言い聞かせるように言った。
正造と絹子と恭太の新しい生活が始まった。
かつての陽子の部屋を、二人に使わせた。
後添いの享子が死んで五年になる。それからひとりで暮らしてきた。初めのうちは、いきなりあらわれた孫にどう接していいか分からず、ぎこちないものになるだろうと考えていた。いきなり、九歳の女の子と四歳の男の子がひとつ屋根の下に暮らすわけである。焦ってはいけないとも考えていた。
しかし、食事を正造が作り始めると、絹子がかいがいしく手伝ってくれ、陽子の子育てのありようが分かった。家の中が活気づき、何よりも楽しかったし、美味い食事だった。生きる張り合いができた。
しばらく、正造は陽子のことで多忙だった。


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