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作品名:姉弟の詩 作者:じゅんしろう

第25回   25
 そして、正造は三人の前に立った。
 「おとうさん…」
 「うん」 正造はうなずき、じつと陽子を見て、絹子と恭太を見た。
 「刑事さんには、少し時間をもらった」
 刑事という言葉に絹子は思わず正造を見つめた。
 「ありがとう、おとうさん」
 「いや、いい」
 絹子に恭太を託し、少し離れてもらうと、それから、陽子は手短にこれまでの経緯を話しはじめた。栄治を刺したことにいたってしまい、人殺しになってしまった、と呟くと、さすがに正造は肩を落とし、唇をかんだ。
 最後に、「私の思い込みでお父さんを誤解して、ながい間、酷いことをしました。本当に申し訳ありませんでした」と、陽子は目に涙をためて深々と頭を下げた。栄治の言った、母の浮気のことは、父親と再会してみて確かめるまでもなかった。母の切羽詰まった事情もあるだろうし、父も苦しんでいたのだと、いまの陽子にはそのことが分かり感じることができた。
  正造も二十年以上前、妻の雪絵を殴りつけようとしたとき、陽子の恐怖で立ちすくんでいる姿をみて止めてしまったが、もし殴りつけていたら自殺に追い込むことはなかったかもしれない、と悔やんでいた。
だが、それはもはや詮無いことであった。正造は政一からの手紙のことを話した。
 「それには、お前と政一さんと絹子のあかんぼうのときの写真が一枚入っていた。文面には、いつか陽子の心のなかの氷が解けたなら、会いに行きたいということが書いてあった。良い人と結婚したなと、俺は嬉しかった。いつか会えると思っていた」
 陽子はこらえきれず嗚咽し、その場に泣き崩れた。
 正造はやり場のない怒りを覚え、天を仰いだ。
 埠頭の倉庫の物陰から、二人の刑事か現れ近づいてきた。
 「滝上陽子だね。菅原栄治の件で署まで同行願います」と、若い方の刑事が言った。    
「はい、私は栄治さんを殺しました」と陽子がうなだれて言うと、「ううん、奴は死んではいないよ。胸の刺し傷は急所を外れていて、命に別状はない」と、髪を短く刈り上げている中年の刑事が言った。
 陽子と正造は驚き、その刑事を見た。


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