「えつ…」と、陽子は我に返り絹子を見ると、「死ぬのは嫌だ!」と絹子はまた叫び、陽子の腕の中でもがくと強い力で振りほどき、少し離れたところに走り逃れて、陽子を必死の形相で見た。 陽子はただ、おろおろするばかりだった。 「絹子…」と陽子が力なく言うと、恭太が陽子を見上げて、「母さん、死んじゃうの?」と訊いた。 「恭太…」 「ぼく、母さんと一緒だったら平気だよ」と言って、抱きついた腕に力をこめた。 「恭太…。ああ、恭太、ごめんね、本当にごめんね」 死という意味の分からない恭太の言葉に、陽子は我に返り、恭太を強く抱きしめた。 ―この子達を死なせてはいけない。私もこの子達を残して死ぬわけにはいかない。 絹子の方に顔を向けると、「ごめんね、もう、お母さん大丈夫だから」と言うと、以前の顔つきに戻ったのを感じてか、駆け寄ってきて陽子に抱きついた。陽子と絹子は声をあげて泣いた。恭太だけが泣き続ける二人を、きょとんとした目で見ていたが、つられて一緒に泣き出した。 陽子は父親に連絡を取るため、二人に言い聞かせてその場に残し、一日中開いている小樽郵便局から実家に電話を掛けた。 すぐに正造がでた。少し年老いていたが懐かしい声であった。 「おとうさん…」 「陽子か」 「はい、陽子です」 「何があったかは知らないが、刑事が張り込みをしているようだぞ」 「はい、分かっています。これから自首しょうと思っていますが、その前にお父さんと会って、どうしても話をしなければならないことがあります。それに子供たちに会ってもらいたいし、そのことで勝手ですけれどお願いしたいこともあります」 「うむ。とにかく会おう。刑事とは俺が話をつける、何処で会える?」 「はい、第二埠頭で待っています」 「第二埠頭で…」と言うと、正造はその意図を悟って、「分かった、すぐ行く」と答えた。 陽子は子供たちの待つ第二埠頭に戻って正造を待った。空はすでに明るくなっていた。 しばらくして、正造がゆっくりとした足取りで埠頭に向かってくるのが見えた。 近づくにつれて、筋肉質の精悍な体格はいぜんのままだったが、さすがに六十歳を幾つか超えているためか、髪はかなり白いものがまじっていた。心持、少し前かがみのような歩き方にも思えた。陽子は歳月を感じざるをえなかった。
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