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作品名:姉弟の詩 作者:じゅんしろう

第23回   23
三人は運河の散策路のベンチに座った。散策路は臨港線より掘り下げて造られており、発見されづらいと考えたからである。
 携帯電話は初めから、家計の節約のため所持はしていなかった。
 何処からか家に電話を掛けるか、直接家の様子を探るかしなければならない。危険ではあるが、生まれ育った家を見たいとの思いが強くなった。
 陽子は二人に、すぐ戻るからここから動かないでね、と何度も念を押した。絹子は不安な目を陽子に向けていたが、眠たげな恭太をしっかりと抱き寄せて、うなずいた。陽子は、ごめんね、と心の中で謝ると様子を探りに向かった。
 実家は歩いて数分という近さである。道は、まだ人も車もまばらなので、用心のため軒先を沿うようにして歩いていった。土地勘があるので、路地から路地へと進んで行って、ついに実家が見えるところにたどり着いた。
 十数年ぶりに見る実家は、なんら変わることがなかった。
 陽子は用心深く辺りを見回したが、人の姿は見当たらなかった。警察はまだ実家のことを知らないのかと思い、しばらくその場に佇んでいたが、意を決し家に向かおうとしたときだった。
 数件離れた家の角から若い男の顔が現れ、実家の辺りを見回すと、また顔を引っ込めた。陽子は、はっ、として路地に隠れた。胸を激しい動悸が打った。刑事に違いないと思った。
また、路地から様子を窺うと、また同じ男が顔をだした。実家を見張っているのは明らかだった。さらに中年の男も顔をだし、若い男に何事か囁くと、二人とも家の角に消えた。
 ―ああ、やはり刑事だ、もう駄目だわ。 陽子はすぐにその場を離れた。頭の中は真っ白になっていた。
 ―この私は人殺し、絹子と恭太は人殺しの子。 その言葉を何度も頭の中で呟いた。
 ふらふらと子供たちのところ戻った。絹子と恭太は何かを感じたのか陽子に抱きついた。陽子は二人を両脇に抱えるようにして、そのまま港のほうへと歩いていった。
 このとき、陽子の頭の中は、死ぬという言葉が駆け巡っていた。
 ついに第二埠頭といわれている岸壁の先端に立った。
 ここは父と母と三人で何度も来たところである。そして母が自殺したところであった。二度と来ることは無いと思っていた。懐かしさと悲しみが錯綜した。
 陽子は抱きかかえている二人を交互に見た。二人は始めてみる小樽の静かな海に見入っていた。
 私が死んだら子供たちはどうなるのだろう、と思った。人殺しの子供という烙印を一生背負って生きていかなければならないのだろうか、とも思った。周りから白い目で見られ、いじめられるかも知れない。不憫だった。
―いっそ親子三人一緒に死んだら楽だろうな、そうしたら政一さんのところにいけるのだもの。親子四人一緒になれるのだもの。 陽子はふらふらと二人を抱きしめたまま、前に進んだ。海が目の前に迫った。海の底から、陽子、陽子とやさしかった母の呼ぶ声が聞こえた。母さん、と陽子が呟き、身を乗り出そうとしたときだった。
「嫌だ!」と、絹子が叫んだ。


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