W 「陽子さん」と、倉田は呼びかけ、前方を指差した。 陽子は我に返り、少し離れた前方に、いくつも赤い警棒が揺れているのが見えた。 ―検問だわ。私を捕まえようとしている。 陽子は動揺し、困惑した表情を倉田に向けた。 「狭いが、貴女も白の仮眠室に入りなさい。子供たちが起きそうになったら声を出させないように」 倉田は静かに落ち着いた声で、陽子に言い聞かせるようにして言った。 陽子は頷き、カーテンを引いた。子供たちはぐっすりと眠っていた。起こさないようにして、身体を割り込み横たえた。さいわい子供たちは寝つきがよく、一度眠ると起きてこないほうだったので、それを願うしかなかった。 「心配しなくていいから」と、倉田はいい、カーテンを閉じると、カーラジオのボリュムを小さくしぼって掛けた。 そしてトラックは、警察官に誘導されて止まった。 陽子は仮眠室で、倉田とのやり取りに耳を済ませた。話の内容は良く聞き取れなかったが、滝上や親子三人という言葉が聞こえたとき、陽子は心臓が飛び出しそうになった。今にも警察官がカーテンを開けるのではないかという思いにとらわれた。これ以上倉田に迷惑をかけないため、いっそ、陽子自身がカーテンを開け、自首しょうかと思ったくらいだった。汗が噴きだした。 そしてトラックはゆっくりと検問所を離れた。 しばらくして、「陽子さんもう大丈夫、出てきていいよ」と、倉田の声がした。 陽子は助手席に戻ると、「倉田さん、じつは…」と言いかけるのを手で制して、「何もいわなくていいから」と言った。 「すみません」 陽子は思わず頭を下げ、倉田を見た。 倉田は何事もなかったかのように車を運転していた。 陽子は、この人は漢(おとこ)なのだ、と思った。 夜明け前に小樽市街に入った。実家は寿司屋通りといわれている、観光地の運河に近いところにある。だが、検問所が設けられたということは、家にも刑事が張り込んでいるのは明らかである。 どうしても父に会って栄治の言った、母の浮気のことを確かめたいと思っていた。もしそれが事実ならば、私は大変な誤解をし、父に対して長い間酷いことをしてきたことになる。少女のときは見えなかった大人のことも、いまの陽子には分かる。一言謝りたかった。さらに、子供たちを合わせ、できれば、子供たちを託したかった。さまざまなことを思い巡らし、心が揺れ動いた。 トラックを運河に平行している臨港線に止めてもらった。 倉田は眠たげな子供たちを下ろすと陽子に、「不条理なことが起こる世の中だが、子供のことを一番に考えなよ「」と、一言言うと、絹子と恭太の頭をやさしく撫ぜ、トラックに乗りこみ発進させた。 陽子は走り去っていくトラックに深々と頭を下げた。
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