半月後、陽子がスーパーの勤めから帰ったら、恭太とアパートの前で遊んでいたのである。驚いて恭太を栄治から引き離し抱き寄せると、「また頼むよ、どうしても五万円がいるのだよ」と言って少しだけ頭を下げる真似をした。酒の匂いがした。 「お断りします、帰ってください」と強い口調で言うと、「なあ、頼むよ。俺と陽子の仲じゃないか」と、大きな声をだした。そのとき、部屋にいた絹子が何事かと思ったのか、玄関のドアを開けて不安そうな目をして二人を見た。 「よう絹子ちゃん」と、栄治は絹子に近寄り、頭を撫ぜようとしたので、陽子はその手を強く払って、絹子を抱き寄せた。 「言いじゃねぇか。おじさんとおかあさんはとても仲良くてね、時々…」 「やめてください!」陽子は慌てて部屋に入ると、泣きたい思いで金を掻き集めると、四万円近くあったので、栄治に渡した。 栄治は、「ちょっと足りないが、まあ、いいや」と言うと、絹子と恭太にいやな笑いを投げかけて去っていった。 陽子は体中が汗まみれになっているのが分かった。 「おかあさん」と、絹子が不安な声で言うのを、「大丈夫、もう終わったわ」と、二人の子供をせかせるようにして部屋に入った。 その後、栄治を決して部屋に入れないこと、入ろうとしたら大声をだすこと、などをくどくどと言い聞かせた。二人はひどくおびえたが、もう大丈夫おかあさんがなんとかするから、と自分に言い聞かせるようにして、二人を抱きしめた。 深い暗闇に迷い込んだ思いだった。警察に相談しょうとか、いろいろ思案をめぐらしたが、相談相手のいない陽子にとって、良い解決方法は考え浮かばなかった。父親に頼るのは嫌だったし、いまさらという思いもあった。 だが、栄治は来た。狙った獲物は決して逃がさない執拗さであった。 そのつどの短い言葉の端端から、栄治を袖にしたことへの、いわれのない陽子への長い時間をかけた陰湿な執念深い復讐であったことが分かった。陽子への思いが強かった分、憎悪に変わっていったようだ。地獄であった。
|
|