それからたびたび逢瀬を重ねた。初めのころの栄治は優しく、痒いところに手が届くようなあっかいをしてくれた。陽子は内心、さすがはいろいろと女の噂が絶えなかった人だと思った。だが、陽子は女のことを訊かなかったし、栄治も言わなかった。 栄治とのことは愛というものではなかったが、会っていると束の間、苦しい生活を忘れ、渇きが満たされることに満足していた。 逢瀬は子供たちのこともあり、ガソリンスタンドの仕事が終わった後がほとんどである。 そのようなある夜の帰りの車の中で、栄治が少し金を貸してくれないかと言った。驚いて栄治を見ると、罰悪そうな顔をして、「この車に少し具合の悪いところがあって、業者に修理してもらったのだが、その支払いが今日の夕方なのだ。給料前で少し足りなくなって」と頭を掻いた。 「いくらなのです?」と、陽子は不安な気持ちで訊いた。 「一万円でいいのだが」 陽子はその額を聞いて、ほっとした。栄治と会うようになってから、そのくらいは持っているようにしていたのである。 「ええ、いいわ。丁度ありますから」と言って渡した。 「すまない、すぐ返すから」と言いながら受け取ると、無造作にポケットに入れた。 それが始まりだった。 栄治は合うたびに、なにかと理由をつけて金を無心するようになった。 貸した金は返してもらうことはなかった。だが、金額が小額だったので、楽ではない生活だったが応じていた。 しかし、たびかさなる金の無心に、栄治に疑いをいだくようになった。 ある夜、栄治は十万円というまとまった金を無心してきた。 「そんな大金、用立てできないわ」 「昼間、銀行が開いているならばできるだろう」と、栄治は平然と言い放った。 陽子がきっとなって、栄治を睨みつけると、「頼む、どうしても必要なのだ。なんなら陽子のアパートまで受け取りに行くから」と言い、こんどだけだからと繰り返し言った。 陽子は、はっきりと栄治の甘いマスクの裏に隠された性質の悪さを悟った。別れようと決心し、手切れ金のつもりで、用立てることを承諾した。 その日の夕方、アパートまで金を受け取りに来た栄治に、「これでお別れよ。もう二度とこないで」と言って乱暴な仕草で金を渡した。 栄治は一瞬唇を醜く曲げると、何も言わずに立ち去った。陽子はもう二度とこないだろうこれで終わった、と思った。だが、甘かった。
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