車は郊外の洒落た洋風造りの店についた。中は淡い明かりが、ところどころ照らし、落ち着いた雰囲気を醸しだしていた。政一とのデートでは、このような大人の雰囲気の店に入ったことはなかった。 栄治が酒を注文したとき、「車ですのに大丈夫ですの?」と陽子が訊くと、「僕は少しだけ、代わりに陽子さんが飲んでください。ちゃんと家まで送りますから」と紳士的に言った。 運ばれてきたカクテルは妖しげなムードの色合いである。陽子にとっては久しぶりの酒だった。酒は政一よりずっと強かったが、政一の死後、一滴も飲んではいなかった。四年ぶりだった。口に含むと、甘く喉から落ちていく感触が良く、美味しかった。 栄治はその様子をじつと見つめていた。 「えっ、なに?」と陽子が見返すと、「いえ、今夜の葬式で滅入っていたから、陽子さんに付き合ってもらい良かった、と思ったものですから」と言いながら、さらに酒を勧めた。 栄治はなくなった友人のことを問わず語りにぽつりぽつりと話した。同年代の友人が亡くなると身にこたえる、というようなことをしみじみとした口調で語った。 意外な栄治の言葉に、政一や母の雪絵のことをあらためて思い出されもした。 そう、私もなくなった母と同じくらいの年齢になったのね、と思い起こされ、さらに感傷的になってしらずしらずに杯を重ねた。 そうして栄治は言葉巧みに話題を変え、世間話を面白おかしく話して、陽子をしばしば笑わせたりした。陽子はそのつど、自分でも信じられないほどの反応を示し、酒が進んだ。酒が強いと思っていても、下戸の政一と比べてのことである。そのうち、栄治の顔が二重になったり、亡くなった政一になったりした。あとは分からなくなった。 どの位経ったであろうか、ふと気がつくと薄明かりの中に横たわっていた。軟らかいベッドのようだった。我に返って起き上がろうとしたが、身体がくらくらとして起き上がることはできなかった。 「ここは何処?」と言うこの言葉に、「気分が悪そうだったので、一休みをした方が良いと思ってね」と言う栄治の声が耳もとから聞こえた。 陽子が首を右横に向けると、栄治の顔があった。 「厭!」と言って起き上がろうとする陽子を、栄治はすばやく両腕で抑えた。強い力だった。栄治はそのまま上体を起こし、陽子を真上から見た。その目は妖しく光っていた。 「厭、止めて。お願いだから」 「はじめてあった時から好きだった」 栄治はゆっくりと顔を下げてきて、陽子の唇を求めてきた。陽子は顔を左右に振り、逃れようとしたが、ついに栄治のそれに塞がれた。 一瞬、陽子の身体に電流が走った。それは退廃的ではあるが甘美といえるもので、抗いようがなく全身の力が抜けていくのを感じた。
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