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作品名:姉弟の詩 作者:じゅんしろう

第15回   15
二ヵ月後、陽子と政一が結婚することがホテル中に知れ渡ったとき、考えられない取り合わせに誰もが驚いた様子を示したが、陽子は意にかえさなかった。
 式も挙げず、婚姻届を出すだけだということを知った従業員の有志が、ホテルの小宴会場でささやかな披露宴をおこなってくれた。男たちのほとんどが半信半疑のままだったが、政一の上司である料理長だけが陽子に、政一はいい奴だよ、と一言祝ってくれた。
 栄治も出席していた。隅の席で、ときおり暗い目で二人を見たりしていたが、いつのまにか姿を消していた。
 新居は政一の2DKのアパートである。政一は結婚後も態度が変わることがなく、陽子の期待したとおりの夫だった。仕事も今まで以上に熱心だったし、それが終わればまっすぐに帰ってきた。
 政一も生まれてこのかた、これほど充実した生活を感じ、送ったことはなかった。
 唯一不満といえば、陽子の実家に挨拶に行かせてもらえなかったことである。政一が、俺が養護施設出身者だからかと訊くと、陽子は強く否定し、父が女遊びをし、それが原因で母が自殺をして、そのため父との確執がうまれ、旭川に来たことを打ち明けた。それでも挨拶ぐらいは、という政一に、私と父とどちらを取るの、という陽子の言葉に、無論陽子を取った。そのこと以外、政一に不満はない。
 まもなく陽子は妊娠をし、それを機会にホテルを止め、秋に女の子を産んだ。
 政一は絹子と名付けた。時として、陽子に軽い嫉妬を覚えさせるほど、絹子を溺愛した。
 あるとき陽子は戯れに、「どうして絹子という名前にしたの?」と訊くと、政一は少し照れ笑いをするだけだったが、政一の首に白い両腕をまわして、「ねえ、ねえ、初恋の人の名前なの?」としつこく訊いた。
 初めは笑って逃れようとしたが、そのうちに首をうなだれて黙り込んでしまった。
 陽子が覗き込むと、政一は泣いていた。
 陽子が驚いて、「どうしたの?」と慌てて訊くと、「俺の母親の名前からとったのだ」と小さな声で言った。
 政一は赤ん坊のとき、竹篭のなかに毛布にくるまれて養護施設の玄関前に捨てられていたという。その中には、名前と生年月日、それに母親の絹代と書かれた紙が入っていたのである。
 施設の人が手を尽くして母親を探したが、ようとして行方は知れなかったということだ。
 政一がぽつりぽつりと離してくれたあと、この人も家庭に飢えていたのだ、と思うと、ごめんね、ごめんね、といいながら身体を政一の正面に回すと、強く政一の唇を吸って抱きしめた。陽子はあらためて、つつましくも暖かい家庭をこの人と築いていこうと心に誓った。二人の仲はこのことから後、絆が生まれさらに好くなった。


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