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作品名:姉弟の詩 作者:じゅんしろう

第12回   12
 V
 陽子たちを乗せた長距離トラックは、国道12号線を走り続けていた。
 陽子は虚ろな目をしたまま、ぼんやりとした頭で考えていた。
 私の今までの人生はいったい何だったのだろう、と思った。
 亡くなった母親の優しい顔や、少しハスキーで耳に心地よい魅力的な声。あんなに楽しかった家だったのに、どうしてこうなったの、と自問した。
 父親が病気になって、退院してからなにもかもがおかしくなった。
 ―そうだ、あの夜だ。下の階から微かに聞こえてきた母の声に、何か胸騒ぎをおぼえて店に降りていったら、父が手を振り上げて母を殴りつけようとしていた。私の身体は凍りついたようになって、ただ父を見ているしかなかった、あのときからだ。父の女遊び、母の悲しそうな横顔、そして気がふれて海での投身自殺、父への憎しみと怒り。悪いのは私ではない。 と心の中で叫んだ。
さらに、私がなにか悪いことをしたというのか。この私が人を殺してしまったなんて、どうしてこんなことに。
 陽子は錯綜する想いに疲れ、目を瞑ると、座席深く身体を沈めた。
 陽子は小学五年生のときの母親の死によって人生が一変した。母が気がふれて自殺したのは、すべて父の女遊びに端を発していると思い込んでいた。あれだけ楽しかった家庭を崩壊させてしまった父を、大好きだった分だけ、憎悪に変わった。
 しかし、陽子は利口な娘だった。非行には走らなかった。高校を卒業するまでじつと耐え、計画を進めていった。
 高校を卒業したら、海のある小樽を離れようと思っていた。母の自殺した海を見たくなかった。山々に囲まれた旭川の寮が備わっているホテルに就職した。
 小樽を離れるとき、さよなら、と父に一言言っただけだった。後妻に入った気のいい享子には気の毒だったが、自分の強い想いのため、どうにもならなかった。
 これで小樽には二度と帰ってくることはない、これですべてが終わったと思った。
 旭川行きの列車に、見送りの人は一人もいず、ひとり乗り込んだ。動き出した列車のなかで、誰に言うとでもなく、さよなら、と呟いた。新しい生活の始まりだと、自分に言い聞かせた。
 旭川の就職したホテルの若い男性従業員たちの間では、騒然となった。高校をでたばかりの娘ではあったが、目鼻立ちのくっきりとした、やや陰のある大人びた顔立ちで、凄い美貌だったからである。なにかにつけて男たちが言い寄ってきた。特に菅原栄治という長身で甘いマスクの男が、思わせぶりに近づいてきた。いろいろと女の噂が絶えない男だった。陽子は本能的に嫌い、まったく相手にしなかった。
 仕事に慣れると、休日には大雪山系の山々をひとり歩き回った。雄大な景色は陽子の心を解放的にさせてくれ、小樽のことを忘れさせてくれた。
 栄治は、しつこくさりげなさを装って言い寄ってきたが、黙殺した。
 一年が経ち、二年が過ぎると、栄治との噂のある女たちの、陰湿ないじめから、いつしか解放された。


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