正造は二ヶ月前のことを思い出していた。 ある夜、四十歳くらいの男が店に入ってきた。栄治だった。 長身の甘い顔立ちの男であったが、どこか崩れたようなものを感じさせていた。遅くまで粘っていて、客が男一人になったとき、実は私は陽子さんの内縁の夫でして、と言って一枚の写真を背広のポケットから取り出して正造に手渡した。それには男と陽子、小学生くらいの女の子と幼稚園児とおもわれる男の子が写っているものだった。 正造はすぐに店のものを帰させると、店を閉じた。 「用件を伺いましょう」と言うと、男はへらへらと笑った。 「私は今、あなたの娘さんと暮らしていましてね。二人の子供は陽子さんの連れ子ですが、まだまだこれからという年頃ですから、学校やなにやらいろいろと大変なのです、お分かりでしょう」 「で、どうしろというのです」 「いや、なにね。本来なら私の力でなんとかしょうと思っていたのですが、このところ少々仕事がうまくいかないもので。できればお父さんに少しばかり援助をお願いできないものかと思いまして」と、男は上目使いに正造を見た。 「陽子はこのことを知っているのか?」 「ええ、勿論です」と男が言うや否や、「大馬鹿野郎! 陽子がそんなことを言うわけがない、とっとと出て行け!」と怒鳴り声をだした。 「な、何を言う。孫が可愛くないのか」 「お前はそれをだしにして、金をせびりにきただけではないか。二度と来るな!」と言って男を睨みつけた。 「へっ、このくそ親父。今にみていろ、ほえずらかかしてやるからな」と男は豹変し、毒づくと乱暴に玄関の戸を開け出て行った。 いやな男だと思った。男の言ったとおりだとすると、あんなのと陽子が暮らしているのかと思うと、孫のこともあわせて不憫に思った。 煙草に火をつけ、気持ちを落ち着かせると、あの政一という男はどうしたのかと、あらためて思い起こした。
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