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作品名:姉弟の詩 作者:じゅんしろう

第1回   1
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 陽子はスーパーマーケットのレジ係りの仕事を終えると、いつものように幼稚園に息子の恭太を迎えにいき、早春の夕暮れのなかを帰路についた。陽子は目鼻立ちのくっきりとしたエキゾチックな美しい顔立ちをしている。が、その表情に生気はなく、疲れきっているようだ。
 アパートには小学四年になる娘の絹子が帰りを待っているはずであったが、足取りは重かった。いまにも座り込んでしまいそうな思いのなかを、辛うじて歩いていた。さいわい、通り道に小さな児童公園があったので、ブランコに恭太と一緒に乗った。
 いつもなら、揺らしたりして遊んでやるのだが、今日はその気力もなかった。ぼんやりと虚ろな目で座り込んでいるのを、恭太は不安そうな目で陽子を見ていた。
 もう限界だわ、と陽子がつぶやいた。あいつと別れて、この旭川の街を出ようかとも思った。あいつとは、陽子と関係が続いている菅原栄治という男のことである。
 栄治は板前である。かつて、陽子の勤めていたホテルの板前をしていたが、今はそこを止めいろいろな料理店を転々としていた。長身で彫りの深い二枚目であるが、女やギャンブルで身を持ち崩していた。ときおり、ふらりとアパートに現れ酒臭い息を吐いて、金をせびり取っていった。ときには、水商売らしき女を連れてくることもあった。いつも違う女だった。女たちは決まって濃い化粧で、コートからは胸や腰の線を強調した派手な服装がのぞいていた。栄治と一緒にあがり込むと、無遠慮に部屋をきょろきょろと見回したりした。栄治が陽子から幾ばくかの金を受け取って部屋を出て行くとき、女は陽子をじろりと一瞥して出て行った。そして、栄治が何を言うのか知らないが、きまって、女は頓狂な声をだして遠ざかっていった。
 栄治とは夫婦でもないし、内縁関係というわけでもない。金の無心に何度も強く拒否しているのであるが、栄治は不気味な得体の知れない厭な翳を感じさせ、何をするのか分からない恐怖があった。ずるずると続いていた。
 陽子は昼間、スーパーマーケットのパートをして、夜間は深夜までガソリンスタンドで働いていた。ガソリンスタンドの店長に、女性にはきついのではないかと言われたが、無理に頼んで働かせてもらっていた。そのような生活が一年余り続いていた。
 恭太に袖を引かれ、我に返った。 「もう暗くなっちゃうよ」と、恭太は心細げに小さな声で言った。あたりはすでに暗くなっていた。絹子が心配しているだろう、と思い急いで家に帰ろうとしたが、足が重たく思うように動かなかった。この一ヶ月ほど微熱があり、身体全体がだるかった。最初は、風邪かなと思い市販の薬を服用したが、いっこうに回復しなかったので病院で診察してもらうと、過労気味のようですので、ゆっくり休んで安静にされたほうが良いでしょう、と言われた。しかし、生活のため休むわけにはいかなかった。病院はそれっきりで、働き続けた。


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