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作品名:続寓話 三凶神 作者:じゅんしろう

第9回   9
だが、浅草寺に近づくにつれなにやら様子がおかしい。寺の上空には不気味な黒々とした雲がまるでとぐろを巻いているかのように渦巻いていたのだ。何事かと思いながらもなおも進むと、今度は浅草寺のほうから大勢の民衆が悲鳴をあげながら逃げてきたのである。お釈迦様一行は家の軒下などで逃げまどう群衆をやり過ごすと、浅草寺へと急いだ。雷門を潜り、仲見世を通り抜ける。ようやく人一人いない境内に入り、陰気漂う本堂を見た瞬間、その凄まじい光景に皆は息を呑んでしまった。
世にも恐ろしげな龍のような怪物がかっと目を見開き、仏殿の中を身体全体で巻き込むようにしてゆらゆらと空中に漂いながら、仏殿の隅にいる七福神たちを睨み据えていたのである。もっとも、そのうちの一神である毘沙門天は倒れのびてしまっていて、うんうんと唸っている。その周りに他の六神たちがぶるぶると震えていたのだ。さらには怪物の配下である大勢の天狗たちが仁王立ちになって肩を怒らせていた。
「これは、第六天魔王波洵に違いあません」と、勢至菩薩は断定した。
「なに、波洵とな」 お釈迦様はたちまち憂いの表情になった。
波洵とは、仏教の六道輪廻世界観において欲界(欲望にとらわれた生物がすむ世界)の最高位である第六天にあたる他化自在天の主で、仏道修行を妨げる魔王のことである。かの戦国の覇者、織田信長がポルトガルの宣教師ルイス・フロイトにたいして、自らを第六天魔王と称したという。
お釈迦様と波洵の間には因縁があった。お釈迦様が涅槃するとき波洵も駆けつけ、一切衆生を安穏にせんとするための神咒はうけたが、飲食供養は受けなかった。そのため心に憂いを抱いたということである。その後仏法を害し、人心を悩乱して智慧や善根を妨げる悪魔になったということだ。
お釈迦様は極楽浄土での胸騒ぎを覚えた理由を知った。同時に自然と身体が動き、ゆっくりと仏殿の中に入っていった。無論、勢至菩薩も後に続く。ウルヴァシーや愛燐尼も入っていったので、三凶神も一度顔を見合わせたが、ウルヴァシーに気の弱いところは見せられない。愛燐尼のことも心配なので、恐々ながらも入っていった。
天狗たちは、お釈迦様一行がただ者ではないと分かったが、町人風に姿を変えているため正体までは分からない。訝しみながらも、お前たちが来るところではない、出ていけ田舎爺などと声を荒げて脅す。波洵も睨めまわしながらも、その正体を探っているようだ。
勢至菩薩はそれを無視するように、七福神のそばによっていき、どうしたのです、と訊いた。 これには、われらの姿は人間には見えないはず、と驚いたが、ただ者ではないようなので、弁財天が恐怖でその妖艶な顔を引きつらせながらも経緯を話しだした。


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