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作品名:続寓話 三凶神 作者:じゅんしろう

第8回   8
酒がある程度まわったところで、ようやくお釈迦様が三凶神に向かい、言葉をあらためてかけた。
「貧乏神、疫病神、死に神の三神よ、そなたたちにいま一度会えて本当に良かった。あの時はろくに言葉も交わさず、失礼をした。いつのまにか漫然と過ごしてきた私をいま一度目、目を覚まさせてくれて有り難う、このとおりです」とお釈迦様は頭を下げた。  
お釈迦様の言動に、三凶神は恐懼感激し感涙にむせぶと、「我々のようなものにもったいないお言葉です」と座りなおし、畳に頭を着けんばかりにして、肩を震わせ続けた。それを目にして、我がことのように愛燐尼も涙を浮かべむせび泣く。勢至菩薩もお釈迦様の素直な言葉に、何かを感じたのか目を閉じ、印を結んで呪文を唱えた。ただ一人、無表情なのはウルヴァシーだけであった。冷ややかな態度といってよい。阿弥陀如来により、極楽浄土に連れてこられてから、何事にたいしても感激するということを封印しているかのようであった。心の奥深くに、いまだ消えさらぬめらめらとした残り火のような炎はあるが、そのことにおいて阿弥陀如来は勿論、如何なるものに対しても微塵も見せず感じさせたことはないと、ウルヴァシーは自信を持っていた。
そのあと、三凶神はお釈迦様の求めに応じて、娑婆で見聞きしてきたことを話しはじめた。ここは娑婆なので郷に入っては郷に従えで、皆は大いに笑い飲み食いをした。その話のひとつひとつが、お釈迦様が極楽浄土で見た夢といちいち符合したから、不思議なこととあらためて思ったほどだ。
宴たけなわな頃ウルヴァシーが、極楽浄土に来たそのきっかけをつくった七福神に会いに浅草寺に行きたいわ、と誘い水を三凶神に対していった。ウルヴァシーの本意はここにある。なにかないかと、阿弥陀如来によって押さえつけられてきて、心の奥底の溜まりに溜まった鬱憤を晴らそうと、強い刺激を求めていたのである。この時点において三凶神はウルヴァシーに対してはめろめろで、いいなりになっていたといえた。特に貧乏神と疫病神などは、ウルヴァシーにお酌をされるたびに逐一、ありがたや、といい、でれでれとなるほどであった。そういうわけで、即座に承諾し、いかがでありましょうか、と三凶神はお釈迦様に頭を下げた。
お釈迦様も興を覚え、会ってみたいと思った。勢至菩薩もとくに異議は唱えない。
すでに年もあらたまり、めでたい正月元旦だ。ということで、お釈迦様一行は一休みした後、朝方に浅草寺へと向かった。
町全体は大勢の晴れ着を着飾った参拝客でうようよという状態で華やかさに包まれていた。お釈迦様一行も極楽浄土とは大違いの喧騒ではあるが、飾らない賑わいについ浮かれてしまうほどだ。愛燐尼なども、好奇心いっぱいの娘といったところで、参拝客目当ての屋台をあちらこちらと覗いてしまう。ただ、ウルヴァシーだけは御高祖頭巾を深く被り、顔は見せないようにしている。なにしろ超絶世の筆舌に尽くせないほどの、とんでもなく物凄い美女である。老いも若いも男と名のつくものが、ひとたび顔を見たとしたら、卒倒するもの続出で、騒然となること間違いなしであるからだ。


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