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作品名:続寓話 三凶神 作者:じゅんしろう

第7回   7
三凶神は、その主人らしい老人をあらためて見て、同時に、あっ、と声をあげた。
姿かたちは変えてはいても、お釈迦様であることが分かったからである。三凶神は転げ落ちるようにして庭におり、お釈迦様にお辞儀を何度も繰り返した。
お釈迦様は満足げに、うんうんというように頷く。
「お釈迦様、どうしてこのようなところに参られたのですか」と、死に神が代表していうと、「うむ、みんなの顔が見たくてな、参ったのじゃ」と、お釈迦様は答え、にっこりと笑みを浮かべた。三凶神一同、その言葉に感激し、ぺこぺことお辞儀を繰り返した。
「それにしてもこのようなむさ苦しいところに、よくおいでくださいました、ありがとうございます」と、貧乏神がいった途端、「あっ、お前は愛燐尼ではないか」と、疫病神が愛燐尼に気づき、喜びに満ちた驚きの声をあげた。ほかの二神もおおう、と声を上げる。
「お久しぶりでございます」と、愛燐尼は可愛らしい声をあげにっこりと微笑む。三凶神はそれだけで、うるうると目を潤ませたほどだ。
「ここではなんだから、場所を変えてゆるりと歓談しょうではないか」と、お釈迦様がいい、着流し姿の男に目配せをした。気品のあるなかなかのいい男振りである。
男は印を結びなにやら呪文を唱えると、不思議なことに三凶神が一瞬で町人風の姿に変わったのだ。おまけに顔かたちも変わり、お互いを指さしあい驚く三凶神をしり目にさらに呪文を唱えると、たちまち金紫の雲が沸き起こり、一行を乗せ浅草へと向かって飛び立った。着いたところはみるからに趣のある一軒の高級料亭である。
じつは、ここは観音菩薩が姿を変えて民衆を救済するときのための、いわば隠れ家といえるところなのだ。二階の広間に通されるとすでに宴の用意がなされていて、華燭で煌々としており昼間のようだ。あらかじめ観音菩薩が店の者に命じて特別に用意させていたのだ。主人になりきっている勢至菩薩は観音菩薩と瓜二つのため、人間には誰も分からない。
店の者をすべてさがらせ、七人だけで宴をはじめた。
そのときようやく若い娘は御高祖頭巾をとったが、三凶神は同時に声にならない声をあげ、口をあんぐりと開けたままになった。なにしろ、これまで見たこともないような空前絶後の三千世界第一の美女である。人間で絶世の美女といわれている女性程度は無論、あの弁財天さえも遠く及ばないほどなのである。頭巾をとった途端、部屋が輝いたかと思ったほどだ。三凶神のそんな様子を見て、娘姿のウルヴァシーは微笑し軽く会釈をすると、胡坐をかいてくつろいだ恰好の三凶神はおもわず背筋を伸ばし、直立不動の姿勢をとつてしまったほどだ。お釈迦様でさえも印を結び呪文を唱えなければならないほどであるから、無理からぬところであろう。お釈迦様がそれぞれの身分をあかし、宴がはじまると愛燐尼とウルヴァシーがお酌をしてまわった。愛燐尼のときは鷹揚な態度であったが、ウルヴァシーがお酌をすると、三凶神はこちこちといった態でかしこまり、貧乏神と疫病神などは緊張で手が震えお猪口が揺れてしまい、さらには、おまけにこの二神はぽうつと顔を赤らめてしまうほどなのだ。注がれるたびに、ただただ、ひたすら恐縮しぺこぺことする。もはや、死に神と弁財天のときのことをからかうどころではない。


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