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作品名:続寓話 三凶神 作者:じゅんしろう

第6回   6
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さて、こちらは娑婆である。
ある年の大晦日の夜、三凶神は相変わらずくだんのお化け屋敷で年越しをしていた。だが、極楽浄土から帰還して以来、少し様子が違っていた。ぼそぼそとした会話に変わりがなかったが、ときおり笑い声が交じるようになったのである。それは七福神との大騒動の様子や、極楽浄土での思い出話などだが、そのときだけは世にも恐ろしげな笑い声ではなく、柔和な愛嬌さえ感じさせるものである。三凶神はあれ以来、この娑婆においての自分たちの存在意義を認識し自信を深め、真面目に仕事に励んでいた。自分たちの使命に誇りさえ持つようになっていたのである。互いの相手の仕事を敬い、いまでは仲も良く、人間でいえば無二の親友といったところだろう。
貧乏神が、「弁財天は綺麗だったなあ」というと、疫病神がすかさず、「だれかの顔を赤らめさせるくらいだからなあ」といいながら、死に神を横目で見る。と、死に神が、「よせやい、若気の至りだ」と応じる。このように和気藹々といったところなのである。
「愛燐尼は今頃どうしているだろうか」と、貧乏神が膝をゆすることなく懐かしげにいうと、疫病神と死に神も、同じように相槌をうち、ほんとうになあ、といいながら、西の空のほうを見上げた。どうやら三凶神は、自分たちに嫌な顔をひとつも見せず親切に世話を焼いてくれた、あどけなさの残っていた穢れのない心の愛燐尼を気に入り、いま一度会って、お礼の一言でもいいたいものだと皆思っているようだ。その思いは娑婆に帰り時がたつにつれ、強くなってきていたのである。
しかし、それもせんないことか、と三凶神は同時に思い、わずかに憂いの表情をあらわし、黙って濁酒を呑んだ。
そのときであった。なにやら天空より暖かい陽気のようなものを感じたのである。いまは冬の真最中で真夜中である。もとより三凶神は神様であるから、暑さ寒さは感じることはない。ただ、極楽浄土においては暑からず寒からずで、良い気候だなと感じたことがあるだけだ。それに似ていた。三凶神は怪訝な顔をして、お互いの顔を見合いながら、鬱蒼と草木が茂っている荒れ果てた庭を見た。先ほどまでは月明りだけの不気味な暗い蒼さであったが、庭の一角がなにやら薄く明るくなっているようだ。不思議なことと、さらに見続けていると、だんだんその明るさが増してきていよいよ明るくなってきた。そして、ついに一瞬光り輝き、眩しい昼間のような明るさになり、その中から数人の人影が現れた。また、もとの月明かりに戻ったので三凶神が目を凝らしてみると、ひとりは頭に茶巾を被っていて俳諧師のような恰好をした老人であり、いまひとりは、小袖を着た愛らしい顔立ちの小娘で、さらにひとりは、深々と御高祖頭巾を被っていて艶やかな服装のすらりとした背丈の若い娘のようである。顔は見えないがなんともいいようのない良い匂いが身体から漂わせていて、ちらりと見える鼻筋からだけでも美しい女性であることが分かる。あとの一人は、料亭の亭主とでもいえそう着流しの姿である。合わせて四人の主従連れといったところだ。無論、ただ者の一行でないことはすぐに分かった。


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