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作品名:続寓話 三凶神 作者:じゅんしろう

第5回   5
「阿弥陀如来様、どうか私も釈迦如来様のお供をさせてくださいませ」
「ええっ、そなたが」と、お釈迦様は驚きの声を発し、ウルヴァシーをまじまじと見た。
ウルヴァシーはそれには答えず、「私は阿弥陀如来様のおかげで、過去の迷いの日々から救われました。しかしながら、それが本物かどうか私にも分かりませぬ。娑婆世界に参り、まことに本物であるかを私自身で確かめてみとうございます。どうかお願いでございます、お許しをいただきとうございます」といって、阿弥陀如来に対して深々と頭を下げた。
阿弥陀如来は黙ってウルヴァシーを見た。ウルヴァシーも、そのたぐいまれなる美しい表情を変えることなく阿弥陀如来を見返した。両者の間では、お釈迦様のことはそっちのけで、無言の会話をしているかのようだった。やがて、「ウルヴァシーはこのようにいっておりますが、釈迦如来様はどうなさりますか?」と、阿弥陀如来は誰にも悟られぬほどの微かな笑みを口元の端に浮かべながらいった。
「ううっ、そのようにいわれても、私としては……」お釈迦様は思わぬ展開に歯切れが悪い。内心、ウルヴァシーとここで会うだけでも印を結び、自身をいましめなければならぬほどなのに、娑婆ですぐ身近にいられたらどうなることやらと、その心配で困ってしまった。その心中を察したように、「わたしのほうからも、ひとり供をつけて差し上げましょう。これ、だれかおらぬか」というと、すぐに別の天女があらわれた。
「勢至菩薩をこれへ」
すると、今度はウルヴァシーが微かに眉を顰めた。その表情も超魅力的で美しい。
阿弥陀如来は素知らぬ風に、「ちょうど屋敷にきておりましてね」と、お釈迦にいい、仏茶を勧めた。仏茶は大変おいしく、さらに、飲むと鎮静剤の効き目があるかのように心が落ち着くのである。お釈迦様は、ウルヴァシーも同行したいといった時から、喉が空からになってしまっていたので、一気に飲み干し、ふうっ、と息をついた。それほどウルヴァシーは相手を惑わさずにはおられないほど超魅力的なのである。
じつはウルヴァシーにたいして心が惑わされることのないのは、阿弥陀如来のほかにもうひとりいて、それが勢至菩薩なのであった。つまり、ウルヴァシーは自分の魅力に屈しないことを嫌ったのである。勢至菩薩とは、観音菩薩と同じ阿弥陀如来の脇待で、智慧の光を持って一切を照らし、衆生が地獄・餓鬼界に落ちないよう救う菩薩である。観音菩薩は庶民によく知られていて人気がある菩薩だが、勢至菩薩は目立たない存在といえた。ただ、ひとたび立ち上がれば何事に対しても驚異的な力を発するといわれていた。容姿は観音菩薩と瓜二つである。やがて、勢至菩薩がやってきたが、もともと口数は少ない。だまって、阿弥陀如来とお釈迦様にお辞儀をしたのみである。
「勢至菩薩よ、このほど釈迦如来様とウルヴァシーが娑婆世界に行くことになった。ついては、そなたも同行してもらいたい、いかがであろう」と、阿弥陀如来は一切の説明をせず用件のみを伝えた。だが、含みのあるいい方であった。
勢至菩薩はすぐにことの真意を察したのであろう、無言で承諾の意思をあらわした。
お釈迦様たちは、すぐに観音菩薩の屋敷に行った。観音菩薩はいろいろな姿に変えて民衆を救済しているため、気さくな仏柄である。すでに話は通っていると見えて、あれこれと親切に仔細にわたって教えてくれた。ウルヴァシーはもともと変身の術を心得ているので、愛燐尼相手に教えた。
こうしてお釈迦様たちは、観音菩薩に人間に姿を変える術を学ぶと、娑婆世界に旅立った。


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