「阿弥陀如来殿。私はこんど我が仏国土に帰ろうかと考えている」と、お釈迦様は切り出した。どちらも如来同士ゆえ、対等という意味合いを込めて、殿といったのだが、すでに負い目が透けて見え、虚勢といえなくもない。 阿弥陀如来は表情をまったく変えず、「さようでございますか」といったきり、じつとお釈迦様を見続けた。次の言葉を待っているかのようだ。 阿弥陀如来の声色は、相手の心の中に直接入ってくる。言葉をかけられたほうは音曲を聴いているかのような錯覚を覚えてしまうほどだ。 ううっ、とお釈迦様は心のうちで唸った。すぐに見栄を張ることはできないと悟った。 また、こほん、と空咳をひとつすると、「ここはあまりの心地よさゆえ、長居をしすぎた。大変世話になったが、このあたりが潮時だと思う」といった。 だが、やはり阿弥陀如来は言葉を発しなかった。そのままさらに、次の言葉を待っているようだ。 お釈迦様は観念したように、いまの思いを素直にいうことにした。 「じつは、我が仏国土に帰る前に、いま一度、ほれ、あの三凶神に会ってからにしたいと考えているのじゃ」 阿弥陀如来は、はじめて、ほう、というようにお釈迦様を見た。そのとき、そのままそばに控えていたウルヴァシーの目が微妙に変化した。 「あのとき、ろくに三凶神と話を交わすことなく別れてしまったが、気持ちに澱の様なものか残って、どうにも寝覚めが悪い。それを晴らしてからにしたいと考えているのじゃ」 「では、どのようにして会おうというのですか」 「うむ、そこなのだ。まさかここに呼びつける訳にもいかぬから、私自身が娑婆に行って会ってこようかと思うのだ」 「それはまた」 「奇異に感じるだろうが、どうしてもそうしたいのじゃ」といって、お釈迦様は阿弥陀如来に対して頭をさげた。 こんどは阿弥陀如来がいささか戸惑った。如来はどのような相手に対しても絶対に頭を下げることがないからである。同時にお釈迦様の強い思いを理解した。 「分かりました。どのような協力も惜しみませぬが、おひとりで参られるのですか?」 「いや、愛燐尼という仏女を連れて行こうと思う。あのものに三凶神の世話をさせたのじゃが、よくやってくれてのう。話してみたら、是非一緒にお供をさせていただきたい、と申してな、三凶神も喜ぶじゃろうて」 「では、娑婆に行くときは、人間に姿を変えていかれるのがよろしかろうと思いますので、そのことは、観音菩薩に相談されると宜しいでしょう」 観音菩薩はさまざまな姿に変えて人間を救済している。変装の名人といってよい。 そのとき、ウルヴァシーがまえに進みでてきた。
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