「お釈迦様、お願いがございます」 「なに、またお前か。今度はなんじゃ」 「はい、願わくばウルヴァシーを我が妻にもらい受けとうございます」 「なにい、ウルヴァシーを妻にとな。なにゆえじゃ」 「はい、わたしが仏法に仇なすのは、我が心に満たされぬ思いがあるからであります。ウルヴァシーを娶ることができますれば、それは解消するに違いありませぬ。どうかお許しくださりませ」と涙ぐみ、じっさい一粒の涙をぽとりと落としたのである。 波洵の意外な申し出にウルヴァシー自身が驚いたが、魔王波洵の美しい涙を見て、激しく心を揺さぶられた。思えば、自身も多くの男たちを惑わしてきたのも、真実の愛を得んがためである。この波洵とならば、と思い定めた。 「お釈迦様、私は波洵の申し出を受けとうございます。どうそ、お許しください」 ウルヴァシーの言葉に、波洵は、おおう、と歓喜の声をあげた。 だが、お釈迦様は渋い顔をした。なにやら、鳶に油揚げを攫われたようないまいましい気持になったからである。先ほどまでの威厳に満ちた表情もどこへやら、ウルヴァシーを娑婆に連れてきたのは私じゃぞ、と心のなかでぶつぶつと呟いた。なにやら、大事な一人娘を嫁に出す父親のような切ない心境になった。 「私にそのような権限なぞない。だいいち、阿弥陀如来殿が許すまい」 「いや、阿弥陀如来様は、承知されるでしょう」と、勢至菩薩。 「な、なにい」 「はい、阿弥陀如来様はすべてをお見通しでございました」 阿弥陀如来はこうなることを見越して、ウルヴァシーを娑婆に行かせたのか、万事休すとはこのことかと、お釈迦様は観念した。私はかって、孫悟空を手のひらに乗せたが、いまの私は阿弥陀如来の手のひらの中か、と、自嘲気味に笑った。 「これウルヴァシー。そなたは波洵のところへ行ったなら、どのような世界にするつもりじゃ」 「はい、純粋な愛だけの満ち満ちた世界にしとうございます」 「なに、純粋な愛の世界とな」 「はい、極楽浄土は喜怒哀楽のない世界でございますが、女は愛で包まれたいのでございます」 「ううむ、これ波洵よ、ウルヴァシーはこのように申しておるが、それでよいのか」 「はい、ウルヴァシーの望みとあらば」といいながら波洵はウルヴァシーを見た。ウルヴァシーも波洵を見返し、ふたりは見つめあう。 お釈迦様はなにやらあほらしくなり、気持ちを静めるため目を閉じ印を結び呪文を唱えた。 「今後仏法に敵対することはないな」と、お釈迦様の駄目出しに、「はい、誓って」と、波洵はあくまでも殊勝顔で答える。 やがて、ウルヴァシーと波洵に諒承の頷きを示したことであった
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