「なに、わしを知っているとは、お前は誰だ」 そこでお釈迦様は、俳諧師姿から正体をあらわした。 「あっ、お釈迦様ではありませぬか!」 波洵は驚きの声をあげ、たちまち恐ろしい怪物からたぐいまれな美しい若者の姿になった。じつは、波洵はウルヴァシーが三千世界一の超美貌の女性といわれているように、波洵も三千世界一の超美男子といわれていたのである。 「久しぶりじゃな」 「ははっ」 波洵はお釈迦様の前で畏まって答えた。 ここに来た訳を話してはくれまいか、というお釈迦様の問いに、仏法を目の敵にしている波洵だが、はい、わかりました、とお釈迦様に対しては素直である。波洵の話はお釈迦様にとって、なんとも不思議なものであった。要約するとこうである。 他化自在天に君臨する身ではあるが、満たされぬ思いは募るばかりである。それが近ごろやたらと浅草寺にいる七福神の夢を見るというのだ。そこで配下である天狗どもを引き連れてやってきたが、なんということもない。腹立ちまぎれに、ここはひとつ七福神が乗る宝船に乗って、この国を凶で大混乱に貶めてやろうと考えたというのである。 お釈迦様はその話を聞き終えると、縁起(仏教の根本思想で、ある結果が生じるときには、様々な原因やあらゆる存在が互いに関係し合うこと)じゃなあ、といい目を閉じ、印を結び呪文を唱えた。 三凶神という存在をとおして、お釈迦様の夢と波洵の夢は繋がっていたのだとだとあらためて感じたのである。波洵が仏法に仇なす魔王になった遠因は我にあり、我が仏国土に帰る前に、このことを解決しなければならない、と考えた。 お釈迦様は威儀を正すと、「そちの望みを述べよ」とずばり訊いた。 波洵も魔王とはいえ、もともとは一切衆生を安穏せんとしたいと誓ったほどである。すぐにお釈迦様の真意を察した。 「はい、お釈迦様が涅槃に入るおり、わたくしの飲食供養は受けてもらえませんでした。なにゆえでございましょうか」 「涅槃とは悟りに入ることをいう。飲食は利なり、ゆえに断ったのである」 「そうでありましょうが、わたしは欲界に生きる凡夫の身であります。それ故、心に膜のようなものが生じ、ときを経るにつけ、どす黒くなり自分でも制御できぬほどになりました」 「うむ、そなたの気持ちはあい分かった。いかがすればよいか」 「はい、あらためまして飲食を捧げとうございます。そうすれば迷いに惑わされることはなくなるように思います、いかがでございましょうか」 「よろしい、受けよう」 お釈迦様の素直な受け答えに、波洵は喜びで高揚し顔を紅く染めた。 すぐに配下の天狗に、食物の調達を命じた。が、天狗にはどのようなものを調達してよいか分からない。おろおろしていると、お釈迦様は屋台のものでも何でもよいぞ、ただ、銭は支払わなければならぬ、といった。 こんどは波洵が困ってしまった。いままで銭というものを持ち合わせたことがないのである。おろおろしていると、「あのー、わたしでよろしければ」といいながら、様子を見ていた七福神のひとりである大黒天が進み出てきた。打ち出の小槌をひと振りすると、ざっくざっくと小判が飛び出した。そんなにいらぬのに、と誰かの声がしたが、「浅草寺に迷惑をかけてしまった。残りは寄進するように」と、お釈迦様の鶴の一声。 数人の天狗が何枚かの小判を持って飛んで行った。
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