20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:続寓話 三凶神 作者:じゅんしろう

第10回   10
いつもの年のように、一息入れて車座になり一杯やっていると、突然に若者たちがなだれ込むように仏殿に入ってきたという。人間の姿をしているが、七福神の姿が見えることから、どこかの神様たちらしいことは分かった。そのなかで、凄まじいばかりの美男子が、我々にも宝船に乗せよ、と要求してきたのだ。あまりの良い男振りに、弁財天はぽうつとなり、顔を赤く染めたほどだ。それを見て他の男性神たちは嫉妬し、どこの馬の骨ともわからぬ奴が帰れ、などと罵倒し嘲笑った。すると、その超美男子は立腹し無理やり宝船に乗り込もうとする。ならば私がお相手仕ろうと、毘沙門天が若者の腕を掴もうとしたが、あっという間に投げ飛ばし気絶させてしまい、人間にも姿が見える恐ろしい怪物の正体をあらわにしたということだ。ほかの若者たちも一斉に天狗の姿を現し七福神を取り囲んだところへ、お釈迦様一行が来たのであった。
波洵は、お釈迦様よりも御高祖頭巾を深く被っているウルヴァシーに興味を覚え、怪訝な顔つきで様子を窺った。顔つきははっきりとは見えないが、えもいわれぬ良い匂いを身体から発している。得体の知れぬ女性ではあるが、なにやら物凄い美女であることは感じられるのだ。さらに恐れを知らぬように自分をもの珍しそうに見ているのである。ただ者ではない、と直感した。ひとつ脅かして、御高祖頭巾をはぎ取って顔を見てやろうと考えた。尻尾を旋回させて襲うと、ウルヴァシーは軽やかに舞を舞うようにするりと身を躱す。短気な波洵は、軽くあしらわれたことに腹を立て、おのれこしゃくな、と尻尾をびゅんというように鋭く旋回させた。と、その先端がお釈迦様の身体に当たりそうになり、ウルヴァシーがおもわずかばい身を挺して守り危うく躱した。が、尻尾を反動させ態勢を崩したウルヴァシーをさらに襲った。あわや御高祖頭巾に触れんばかりになったとき、愛燐尼がおもわずかばうために左手を出した。とたんに、あっ、と悲鳴を上げ倒れこんだ。愛燐尼の左手が醜く変形してしまったのだ。それを見て、ウルヴァシーは怒りの声をあげ、みずから御高祖頭巾を脱ぎ捨て天女の正体をあらわした。途端に、陰気漂う仏殿が華やいだようになる。いけたかだかになっていた天狗ども全員が、あーっ、と驚きの声をあげ、ウルヴァシーの驚異的な美貌を前にして、へなへなというように座り込んでしまったのだ。波洵も驚きのあまり息を呑み、呆然となってしまった。ウルヴァシーは自分をかばってくれた愛燐尼を抱きかかえ、しきりに変形した左手を擦るがどうにもならない。ただ、愛燐尼はもともとこの世の人ではないから痛みを感じることはない。ウルヴァシーはきっとした怒りの目を波洵に向け睨み据えた。その美しいこと、とても筆舌には尽くせない。ウルヴァシーはいままで空前絶後の美貌ゆえ、同性から妬みや僻みのなかで生きてきたといってよい。それが愛燐尼の身を捨てて庇ってくれたことに、無条件で深い感動を覚えたのであった。いまにも、波洵に飛び掛からんばかりである。その様子に、正体をあらわした姿勢菩薩はウルヴァシーを手で制し、前に進み出た。姿勢菩薩が足をひと踏みするだけで三千世界の魔王が住む宮殿が大きく振動するといわれているのだ。いまにも鉄槌をくださんとしたとき、「波洵よ、静まりなさい」と、お釈迦様は愛燐尼を気遣いながらも、厳かにいい前に進み出た。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 3813