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作品名:路地裏の猫と私 残影編 作者:じゅんしろう

第7回   7
 V 
三月にはいると冬の峠を越え、雪の降る日はめつきりと少なくなり、人々は道の氷状に固まっている根雪の氷割りに精を出し、街から雪が消えていく。表通りの雪がすっかり無くなり、後は裏通りなどだけになると、もう春の陽気が北の地を支配する。木々にも春の芽吹きを目にすることになって、気分はもう春で、自然と明るい気持ちになる。
孤高のノラ猫ごん太も、私の願いが通じたのか厳しい冬を乗り切り、相変わらず寡黙な姿を路地裏に頻繁に見せるようになった。筋向いの奇特な奥さんによる食事の提供を、控えめな態度で食べている。猫の高倉健ともいえるその姿に妙に心惹かれる私は、ある夜、魚の残り物を筋向いの家の前でただ一匹じつと座っているごん太の前にそっと差し出した。ごん太は意外に思ったのか、私を見た。が、すぐには食べようとはせず、それをじっと見ていた。私はその場から離れ、遠くから見守った。ようやく控えめに魚の前に体を寄せ、鼻で匂いを嗅ぐとようやく食べだした。それ以来、ごん太が路地裏に現れた時、魚の残り物があれば、すぐ側まで近づき与えるようにしていた。その控えめな食べ方は私の心を満たすものだった。
ある夜のことだった。そのときはごん太から少し離れて三匹の猫がいた。この路地裏の一大勢力であるスネ子の子孫たちである。
私はスネ子の子孫たちには構わず、ごん太の前に餌の入った皿を差しだした。だが、口をつけようとはしなかった。そのとき、三匹の中の一匹がその餌の前にすり寄ってきた。私はいまいましいので、それを妨害した。それを何度か繰り返して、こんどこそ食べるだろうと少し離れた。すると、腹が膨らんでいるスネ子の何世代めかの牝猫が、餌の前にするするとすり寄ってきた。と、ごん太は餌から離れ、ちょうど側にあった板に爪を研ぎだした。牝猫はがつがつというように食べ始めた。私はそのとき悟った。その牝猫がごん太の彼女だということを。そして、自分が父親になることを自覚しているようにも思えた。自分に与えてくれた餌を彼女に差し出し、不器用ではあるが精いっぱいの愛情表現であることを。ごん太に春が来たのだ。ごん太に祝福あれと、我がことのように嬉しくなった。


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