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作品名:路地裏の猫と私 残影編 作者:じゅんしろう

第6回   6
U
年が明けた。病院での定期検査の結果は異常無しだった。担当医の綿貫医師は相変わらずの童顔で明るい口調であれこれという。癌再発は五年が目安だということだ。それが過ぎれば、定期検査や薬から解放されるという。私の生活事態は癌の発生前も後もさほど変わりがなかったが、さすがに、あと一年かという感慨を覚えた。
坂道探索の件は鳴海が小樽を離れる前に終えていた。谷藤さんや荒田氏のメンバーは最後まで変わることなく私に付き合ってくれた。良き思い出が残り、それぞれに深い感謝の念を覚えた。その紀行文のようなものは、パソコンに打ち込み、印刷してある。いまはまだ、それをどうこうすることは考えてはいないが、私の生きてきた証の一つであり財産である、と思っている。いまは、ときおり思いついたことや社会の出来事などの感想などのようなことを散文風に書きとめている。ある程度溜まったら、それを整理しまとめてまた印刷するつもりだ。平凡な毎日だが、さほど退屈ではない日々を送っているといえた。
ある日のことだった。
二日ほど雪が断続的に降り、結構な積雪量になった。今日は一転して青空で春先を思わせるような陽気だ。散歩に出てみると、人々もほっとした顔つきで歩いている。そうして、犬と一緒に散歩している老齢のご婦人とすれ違った。たぶん雑種だろう、背中が茶で腹まわりが白く、目もとは毛が短く白っぽい、穏やかな顔つきの老犬だった。老婦人はその犬に合わせているのであろう、ゆっくりとした歩みである。
犬を散歩させている人は多い。以前は愛らしい子犬などに目がいき、おもわず触ったりしていたが、最近私は、妙に老犬連れに目がいくようになっていた。なんともいわれぬ哀愁のようなものを感じるからである。自分も年をとり、己と重ね合わせているのかとも思えるが、それだけではないようだ。品のよい老犬に出会うと、なんともいわれぬ温かみを感じるのだ。それは良き飼い主との出会いの結果によるものだろうと同時に、その犬の幸運と飼い主の愛情とが感じられ、自分もちょっぴりそのお裾分けをもらったような気がするのだ。
また、交差点でご婦人と散歩しているやはり茶色の老犬と出会った。目もとの具合からすると、さきほどの老犬よりさらに年を重ねているようだ。ずいぶんとゆっくりとした動作である。信号待ちで、私たちは並んだが、もし触れるとしたら頭を撫ぜてやるのではなく、両手で頭を優しく抱え、よく頑張ってきたね、もう少しだね、といたわりの言葉をかけてやりたいと思う。と、私の思いを感じたのか、その老犬は優しげな目でちらりと上目づかいに私を見た。その目は、お前さんはまだまだ先だ、とっとと歩いて行きな、と笑っているような気がした。


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