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作品名:路地裏の猫と私 残影編 作者:じゅんしろう

第5回   5
勝納川はささやかな川である。それでも遊歩道があり、私の散歩コースでもある。川にはいくつものは橋が架かっており、私はいつも中ほどの橋から遊歩道に降りていく。
 今年の秋のことだが、いつものように降りていき、すぐに次の橋の下で、浅瀬であるがやや穏やかな水辺に着くと、そこには二十羽程の鴨が群れていた。その橋から食パンの耳を投げ与える人がおり、それを待っているのだ。鴨にもいろいろと性格があるらしく、顔を羽の中に埋めて眠っているもの、あるいはほかの鴨にちょつかいをだしているもの、さらに、繰り返し川下りをしているものなどだ。川下りをしているものはいかにも楽しそうなので、鴨の川遊びと命名した。
 と、少し上の方でなにかが跳ねたらしく水飛沫が上がった。目を凝らすと、水の中にゆらゆらと漂っている何匹かの鮭が見えた。
 「二、三日前から、遡上してきてね」と、上の方から男の声がした。仰ぎ見ると、石垣の手摺に身体を委ねている初老の男だった。鮭を見るその目は優しかった。
そうか、もうその時期なのかと合点がいった。十数年前は汚れた川だったのが、鮭を遡上させようという市民運動が起こり、川をきれいにして鮭の稚魚を放流したのだった。そうして十年近く前から鮭がすこしずつ遡上するようになって、年々増えてきたのであった。私はこの川を散歩コースにしたのはまだ日が浅く、あまり見たことはなかった。川を下っていくと、何人かの人がそれをじっと見ていたり、カメラのシャッターを切っていたりしていた。鮭は自分の気に入った場所なのだろうか、あちらこちらの浅瀬で何匹かが尾鰭を震わせたり、体を砂利に擦りつけたりしていた。あるいは、何かを待っているように、水の中に漂っていたりしている。この川に遡上する鮭は、ほかの川のように多いとはいえないが、それだけに帰ってきてくれた鮭たちが愛おしく、大自然の命の営みを目にする幸せを感じた。
師走の今は、川に多くの命を終えた鮭の死骸が横たわっていて、雪の下に見え隠れしている。ごん太も厳しい冬をこれから乗り越えなければならない。ときおり猫ハウスにはいり込むのを見かけたことがあるが、先住猫たちとうまくいっていないのか、争いの声が聞こえることがある。なんとかこの冬を乗り切ってもらいたい。そして草木が芽吹く春に、ぬくぬくとした陽だまりの草むらの中で、ぐっすりと寝入っているその姿を私に見せてもらいたいと思う。そのことを、ただただ切に願った。


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