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作品名:路地裏の猫と私 残影編 作者:じゅんしろう

第4回   4
ある日、碁会所での対局のときのことだった。私はインターネット碁仕込みの高度なテクニックを行使して、鳴海を圧倒して勝った。さすがの鳴海も意気消沈したのか、参った、と言った。見ると、いかにもがっくりとした様子だった。当然、私は大人として勝者の配慮を見せ、まあ、まあ、といった態をつくろった。が、それでよしておけばよいのに、人の善い私は、つい、きのどくに思い、武士の情けをかけてしまった。インターネット碁で勉強した種明かしを親切丁寧に教えてしまったのだ。そのとき鳴海は、ほう、と言っただけだったが、目がきらりと光ったのをいい気持になっていた私は見逃していた。そのあと鳴海はしばらく碁会所に来なかった。そして数カ月後、ふらりとした態でやってきて、私と碁を打った。今度は、私が黙る番だった。私の優位性が消えてしまっていたのだ。結果は鳴海の半目勝ちだった。あの鳴海が、ふっふっふっと、含み笑いをした。鬼瓦の含み笑いだ、気持ちいいわけがない。そのとき、私はすべてを理解した。しまった、と思ったが後の祭りだった。
 「いや、じつはね…」と、今度は鳴海がしてやったりと、滔々と解説をはじめた。
 私の予想は的中していた。鳴海もインターネット碁を始めて、猛勉強をしたのだった。
鳴海はパソコンを使えなかったはずだが、訊くと、業者にともかくもインターネット碁だけを接続できるようにしてもらい、始めたということだ。人のことはいえないが、碁敵の執念は恐ろしいものである。芝居で、碁の待った、待たないで殺され、化け猫騒動に発展したものがあるが、我々はせいぜい落語の笠碁程度にしておかなければならないと、あらためて考えたほどだ。こうして私と鳴海は、また力量が拮抗しているという関係に戻ってしまった。もっとも、そのことで内容がかなりレベルの高いものになったが。
 鳴海とは二人だけで惜別の宴を張った。二人とも生まれ故郷を離れた後、転勤族の生活をおくり、最後は思いがけない所でそれぞれ居を構えることになって、人生の不思議さをしみじみと感じた。
新居に入るとすぐに芝犬を飼い、かえでと名前を付けたということである。鬼瓦とかえでとは、なにやら可笑しかった。 鳴海の住まいからは、歩いて五分ほどで利根川水系の元荒川があるということだ。さっそくインターネットで調べてみた。画像によると元荒川は小樽で一番大きな勝納川よりはるかに大きく、草がなびいていて風情が感じられた。その土手は芝犬との散歩コースであるということだから、いずれ鬼瓦の土手と命名されることになるだろうと想像した。


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